国民の初夜
作:西田三郎「第1話」
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■新居に帰る
いや、正直に言うが僕は童貞だ。
素人童貞なんて生やさしいもんじゃない。ほんとうに童貞なのだ。
悪いか?……別に悪かないだろう。僕が童貞だからって、君に何か迷惑が掛かるか?
セックス経験があるからって威張るなよ。何かね、君のセックス経験はこの世界に何か利益でももたらしたのかね。君がセックスするたんびにこの世界の貧し い子どもたちが百人ずつ救われたとか?……そんな訳ないよな。
セックスしてきたのは君の自由。してこなかったのは僕の自由だ。
この国はいちおう、個人の自由と尊厳を憲法で保障してるんだろう?
だから君に自由にセックスできる権利があるように、僕にも童貞でいる権利はあった訳だよ。
しかし最近、本当にみんな簡単にセックスするよなあ。
新聞や週刊誌を見てると、セックス、セックス、セックス……本当にそればっかりじゃないか。いや、今に始まったことじゃないけどな。まあこんなこと、諸 外国の事情と比較しても仕様がないんだけどさ、はっきり言ってこの国はセックスに取り憑かれてるよ。
だいたい今、中学生どころじゃなくて、小学生女子児童が売春してんだろ?
そんなことがまかり通ってる先進国が他にあるかよ?。
それに、エイズ感染者数が爆発的に拡大してる先進国ってのも、日本だけなんだってな。エイズなんて、あれだろ?……ちゃんとコンドームつりゃあ防げるん だろうが?……そりゃみんな、一刻も早くセックスしたいって気持ちはわかるけどさ。ほんの一手間くらい、なんでそこまで億劫がるんだよ?
いちおう文明人だろうが?
……やれやれ、まったく。一体この国はどうなってしまうんだろうね?
言っとくけど、セックスの経験がある君たちのことが羨ましくてこんな事言ってんじゃないからな。
僕がそんなに欲求不満に見えるかい?……とんでもない。
はっきり言って今、僕は物凄くハッピーだ。
多分、これを聞いている君よりね。
面白いジョークを聞かせようか。
バーで見ず知らずの二人の男が肩を並べて酒を飲んでいた。
一人は物凄く浮かない顔。もう一人は鼻歌なんか歌っていかにも上機嫌だ。浮かない顔の男は隣の男があまりにも調子が良さそうなので声を掛けてみた。
“楽しそうですね……まったく羨ましい。わたしがこんなにも沈んでいる理由をお話していいですかね?……いや、こんなことを見も知らない方にお話するの はほんとうに恥ずかしいのですけども……実を言いますと、わたしの女房、セックスが大嫌いでしてね。いくらわたしがその気になっても、さ せてくれんのです。ですから先月から、うちの夫婦ではセックスは月に1回と決められてしまいました……はあ……ところであなたは、 月に何回くらいセックスされていますか?“
すると上機嫌な男は答えた“セックスですか?……わたしは年に1回です”
“年に一回?”沈んでいた男は面食らった“わたしより酷いじゃないですか……それでもあなた、なんでそんなに幸せそうなんです?セッ クスが年に一回だっていうのに”
“それはね”幸せそうな男は答えた“明日がセックスの日なんですよ”
……面白い?……ああ、面白くないか。まあいいけど。
とにかく僕は今、ものすごくハッピーだ。
なんてったって、今日、結婚式でさ。今夜が初夜なんだ。
結婚式に披露宴、あと学生時代の友人や仕事仲間との2次会と、なんだかんだと今日は慌ただしかった。僕も奥さんも相当飲まされてさ。このILDKの新居 に戻ってきたときは、ふたりともかなりぐったりしていた。
山盛りの引き出物を取りあえずリビングの床にほったらかしにして、狭い部屋に陣取っているソファにぐったりと腰を下ろす。
僕は2次会の為に新調した濃紺のストライプのスリーピースのままで、奥さんは躰にぴったりした銀灰色のワンピースで、髪をアップにしたままだ。
「やれやれ、一生に一度のこととはいえ……さすがに疲れるね」
「……コーヒーでも飲む?」まだ酔いの残っている奥さんが少し赤い顔で言う「よかったら入れるけど」
「……いいね」
「じゃあ、ちょっと待ってね」
そう言うと奥さんはキッチンで僕に背を向けながらストッキングを脱いだ。
僕は見ないふりをしながらその様を横目で眺めていた。
そういえば、奥さんがストッキングを脱ぐのを見るのはこれがはじめてだ。というか、女性がストッキングを脱ぐ様を見るのはこれがはじめてである。むろ ん、母親以外に、という話だけど。僕には女兄弟はいない。
ストッキングがまるで薄皮のように見る見るめくれていき、奥さんの白い太股の裏が剥き出しになる。
これまでに何度か、彼女の生足を見たことがあった。諸君、うちの奥さんの肌はとってもきめ細やかで白い。ほかの女性のことは全く知らないが……あれほど までになめらかで美しいものといえば……他に僕が知っているのは出来たての豆腐くらいである。
彼女と僕は結婚した。そして今夜は初夜だ。
つまり僕は、彼女の素肌に好きなだけ触ることができるわけだ。
と思っていると、彼女の膝の裏が見えた。
もうダメだった。僕はソファから腰を浮かせた。
<つづく>
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