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監禁の追憶
作:西田三郎

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「第1話」

母より

 娘の比奈子が無事保護されてから、1ヶ月になります。
 
比奈子はわたくしたちに、事件のことを何も話しません。

 無理もないでしょう。あんな経験をしてまだ1ヶ月なのですから……。
それでも比奈子はわたくしどもには、まるで何事もなかったかのように……あんな事件に巻き込まれたことなど無かったかのように、以前と変わらぬ笑顔を見せ てくれます。以前と変わらぬように朝、おはようと言い、元気に学校にも通っております。そんな比奈子を見ていますと……わたくしどももつい、あんな事件な どはじめからなかったかのような虚しい錯覚にとらわれることがあります。
 あんなことは無かったのだと……すべて悪い夢だったのだと……ほんとうにそのように思えるならどんなに幸せでしょう。
 
 以前と同じように振る舞う比奈子が……まだ12歳の比奈子が、わたくしどもを安心させるそのためだけに、傷ついた心をひたかくしに、ひたむきに日々を過 ごしている……そんな娘の胸の内を思うと、心が張り裂けそうになります。比奈子が明るく微笑めば微笑むほど……わたくしの胸の中で抑えていた感情がわっと 込み上げてきて……思わず娘の前で涙をこぼしそうになることもしばしばです。
 しかし、わたしは昨日までそれを必死の思いで堪えてきました。
 
 あれからわたくしどもの家では、新聞の購読も止めましたしテレビもラジオも一切つけません。
 外出した際にも、書店に並ぶ週刊誌の表紙や電車の吊り広告からは意識して目を背けます。
 ですので確かなことは判りませんが、恐らく世間は比奈子のことを……比奈子があの男とともにしたおぞましい3日間のことを、あることない こと並べて面白おかしく語り、弄んでいるのでしょう。事件直後に様々なマスコミ関係者から掛かってきた電話のあまりの本数に、わたくしどもは呆れるを通り 越して吐き気を催しました。
 はじめは主人が「いったい何を考えてるんだ!娘があんな目にあった親の身にもなってみろ!」と掛かってくる全ての電話に怒鳴ったものでし たが……遂に主人の声も枯れ果て、事件から2週間は電話のモジュラージャックを抜いた状態にしておかねばならない始末でした。
 
 電話に出ないとなると、今度はインターホンが鳴り始めました。どこから聞きつけてきたのか……恐らく警察からでしょうけども……ハイエナのような新聞記 者や雑誌記者が、娘をあんな目に遭わされた両親の心情とはいかなるものか、そのことを知る権利は我にこそあり、とばかりに家に押し寄せました。カーテンを 閉め切った家の中で、まるで借金取りの取り立てに居留守を使っているかのように……息を潜めて過ごさねばならなかったわたくしども家族の心中を、どうか想 像してみてください。
 
 マスコミだけではありません。それまで親しくしていた近所の人々や、遠い親戚までもが……いかにもわたくしどもの境遇に同情するかのように振る舞 いつつも、実のところ世間と同じ下司な好奇心を剥き出しに、入れ替わり立ち替わりすり寄ってくるではありませんか。
 
 わたくしどもはもはや誰も彼も信じられなくなりました……いったい誰に、わたくしどもをこれ以上苦しめ、娘を辱める権利があるというのでしょうか。

 わたしは眠れなくなり、主人は酒を手放せないようになりました。
 すべてが変わってしまいました……あの忌まわしい事件を境に。
 変わらないように振る舞っているのは、娘の比奈子だけです。
 しかしそれが見せかけであることは母親であるわたくしが一番理解しています。
 ああ、あの小さな胸が如何に傷つき、おぞましい記憶に悶え苦しんでいるかと思うと………ああ、このことはもう言いましたね。
 
 すべては……すべてはあの男が……あの男が悪いのです。
 あのおぞましい男は娘を唆し、拐かし、娘の溌剌とした純真無垢の心と……その汚れを知らなかった(ここに過去形を使用せねばならない母親の気持ち がわかるでしょうか?)幼い身体を弄び……娘とわたくしどもに、苦悩という名の消えることのない烙印を押しつけたのです。
 いささか表現が抽象的になることをお許しください。
 まともな言葉では、その怒りと憎しみを述べることはできません。
 
 この手であの男を殺すことができたら、どんなによい気分でしょうか?
 それができるなら、わたしは何を失っても惜しくありません。
 しかし……それはどうしても叶わぬ望みです。男はもうこの世にはいないのですから。
 なんと卑劣極まりない男でしょうか……わたくしどもから復讐の機会すら永遠に奪いさるなんて。
 
 悲しみ、怒り、そして娘への思い……わたくしは今にも叫べだしたくなる様々な感情を、健気にも普段通りに過ごす娘の気丈さに負けてはならぬ、との思いで 必死で押さえてまいりました。
 
 しかし……昨夜のことでした。
 
 夜、何気なくお風呂場の横を通ったときです。
 脱衣場とキッチンを仕切るドアが少し開いていたため……お風呂を上がったばかりの娘の裸身が目に入りました。娘はわたしに気づかずに、バスタオルで身体 を拭っていました。
 比奈子は最近の子どもらしく、12歳にしては発育がよく、身長も152センチと、早くもわたしの背丈に追いつこうとしています。すらりとした、という表 現すら似つかわしくないような折れそうに細長い四肢……その胸はわずかながらも膨らみを帯び、腰からお尻にかけた丘陵ははやくも一人前の女性の仲間入りを 果たしたことを示す、柔らかいカーブを描いています。
 普段は透き通るように白い肌はお湯により火照りを帯び、うっすらとピンク色に染まっています。

わたくしは、思わず、自分がそのような肉体を持っていたときのことを……いえ、自分の身体にそのような変化が訪れたときのことをありありと思い出さずにお れませんでした。

 女性としての肉体の変化、そしてそれに少し遅れて訪れる精神の変化……女性として生まれたことの自覚に、当時のわたしは戸惑いながらも、ふしぎな 期待感を抱いたものでした。そう、これまで子どもにしか過ぎなかった自分が、ようやく女生としてのスタートラインに立ったということを認識したあ の素晴らしい瞬間……一瞬にしか過ぎない、その素晴らしい瞬間に、わたくしはどれだけの将来への夢と希望を抱き、胸をときめかせたことでしょうか。

 恐らく比奈子も、そうした瞬間のまっただ中に居たのでしょう……あの忌まわしい事件に巻き込まれるまでは。

 わたしは自分の心を制御できなくなりました。
 あの美しい娘の裸身の上を、あの人の皮を被った獣の指が、どのように動いたのかその舌がどのように這 いずったのか。あの獣はどんな思いで、あの瑞々しい躰を弄んだのか。そしてその行為からどんな亢奮を得たのか……こ れまで“考えてはいけない”と必死で心の奥底で押さえつけていた様々な思いが、わっとあふれ返ったのでした。
 
 男の手によって形を歪められる比奈子の幼い乳房、まだ芯の硬さを残したお尻。ひび割れのない新鮮な唇に男の罅だらけの唇が吸い付き、舌が娘のした を絡めとります。そして男の舌はゆっくりと移動し、比奈子の細い首筋の味をじっくりと味わうとさらに下って痛々しくとがった乳頭を…… わたしは必死で思考を止めようとしましたが、それは不可能でした。……やがて男の下がさらに下に移動し、比奈子の平らなお腹の中央にある縦型の形のいいお 臍の味を味わいます。
 もちろんそんなところで男が満足する訳がありません……そして男はさらに下へ進軍し……。
 
 「……ママ?」
 
 娘がわたしに気づき、声を掛けました。
 タオルで髪を拭っていた比奈子はわたくしの真正面を向いていました。
 脚の間では、まだうっすらとした陰毛に、水滴が朝露のように玉を作っていました。
 
 思わずわたくしは脱衣場に駆け込むと、まだ濡れてあたたかいその裸身を抱きしめていました。
 「……ど、どうしたの?ママ?」
 わたしは泣きました。涙がかれるまで泣きました。
 「ごめんね……ごめんね……」何度その言葉を繰り返したことでしょうか。
 比奈子は黙ってわたしに抱かれたまま、じっとしていました。
 比奈子が湯冷めをするのでは……そんなことを考えることのできる余裕は、わたくしにはありませんでした。
 ただその肩に顔を埋めて泣くばかりでした。
 
 それでも比奈子は、一度も泣きませんでした。
 まるでわたくしが比奈子の娘になり、比奈子がわたくしの母親になったかのようでした。
 

<つづく>

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