大きくて、固くて、太くて、いきり立つ魔法

作:西田三郎


■1■ 夫がバカなものを買った。

 今にはじまったことではありませんが、夫は、アホです。今回も、すごくバカなものを買ってきました。
 ものすごく、アレが大きくなって、長くなって、太くなって、固くなって、カリ…っていうんですか?……それが高く(高くなる、という意味がわかりません が)なって、持続力がついて(長いこと入れたり出したり入れたり出したり……ができるようになる、という意味だそうです)、しかもアレの温度が熱くなるサ プリだ、っていうんです。温度、暑くなってどうなる、っていうんでしょう?
 いったい夫は、どこでそんなアホらしいものの情報を得たのでしょうか?
「これでサヤ、とことんまで喘がしたるで!」ちなみに、夫はわたしのことを“サヤ”と呼びます。「……20代、いや10代の頃みたいにな!」
 彼は通販の箱から出したそのサプリの白いプラスチックの瓶を手に、誇らしげに語りました。そして、わたしの目の前に突き出します。
 どうも、見るからにうさんくさい薬です。
 ラベルには、金(っぽく黄土色で)印刷された、雲を貫く龍の絵。
『20代の硬さ!確かな挿入感を!ウルトラハイパードラゴン』
 ……何なのこれ、と思いました。
 いったいあたしが、いつ、そんなものを彼に求めた、というのでしょうか?
 とはいえ……夫はここのところ、ほんとうに元気がありませんでした。
 夫はIT関連のサラリーマンです。
 プログラミング関係の会社で、文系出身なのに独学して転職。今はSEみたいなことをやっています。
 わたしは在宅でウェブデザインの仕事をしています。
 わたしと夫は同じ歳で、今年で二人そろって32歳。郊外にそれなりの一戸建ての家を買い、まだ子どもはいませんが、豆柴のボバ(夫がつけた名前です) を飼い、彼がわたしたちの子ども代わりです。
 夫は同年代の32歳男性としては、かなりイケてるほうだと思います。
 ハンサムですし、とてもやさしい。
 職場でも、それなりに女性には好感を持たれているようです。
 でも、それってわたしにしてみればちょっと嬉しいことです。
 確かにわたしもそれなりにエッチは好きです。メチャクチャ好き、というわけではないと思います。まあ、ふつうに好き、というレベル。
 とはいえ、最近の夫はどうも、自分がエッチに対して飢えているのに、それを果たせないことを、ものすごーーーく気に病んでいるようなんです。

 半年前くらいのことだったでしょうか?
 週末に夫が早く家に帰ってきたので、二人でワインを飲みました。
 アボカドとうなぎを食べて、ワインを二人で一本開けて、お皿の片付けはいつも夫がやってくれるんですけど、その日は食卓にお皿を置いたまま、ソ ファでテレビを見ながら、さらに発泡酒を飲んでいろんな話をしていました……何の話をしてたっけ?……夫の仕事の話と、わたしの仕事の話、それぞれの業界 の話、アベノミクスとかなんとか言っても、結局はわたしたちにはあんまり関係あれへん、とかそんな話。
 話はいつの間にか、ヨットで遭難したテレビレポーターの話になって、ちょっと揉めました。
 揉めた、といってもマジ喧嘩したわけじゃありません。
 夫は『あんな阿呆にゼーキン使うのはアホやな』というようなことを言って、わたしは『そんなこと言うたらカワイソウやん、わたしらかていつなんどき、太 平洋で遭難するかも知れへんねんし』とか言って、『そんなこと、俺らはありえへんやろ』と夫が言い返し、『わからへんで、人生何があるかわからんし』とか なんとか、ささやかな議論になったのを覚えています。細かい内容は覚えていません。
 わたしも夫も発泡酒をそれぞれ数本ずつ空けて、かなり酔いが回っていました。
 いつの間にか、わたしが『あんなアホンダラ、太平洋のモクズになったらよかったんや』と言い、夫が『それはサヤが間違っとる、どんなアホでも救うのが国 家の役目やで』とか、それぞれの主張が逆転していました。
 わたしはいつのまにかかなりぐったり酔っ払い、ソファに半分寝そべっていました。
 夫がトイレに立って、しばらくして戻ってきました。
 わたしはソファに横になりながら、深夜番組のわけのわからないドラマを見ていた……と思います。

 と、気がつくと、いつの間にかソファの後ろに、夫が立っていました。
「おかえりい〜」
 わたしはそう言って、夫の首に手を回し、軽く、いたずらのようなキスをしました。
 
 すると……。

 夫が、フー、フー、と夫の荒い鼻息が、わたしの頬にかかります。
 あ、これ。
 これって、あれだな。
 ひさしぶりに、エッチの日だな、とわたしは直感的に悟りました。
 わたしも、かなり酔いが回っていたし、そういえば最近、あんまりセックスしてなかったかし、今日は生理じゃないし、というか生理のちょっと前の、ちょっ と気分がエッチ方面に高まりそうな気分だし、しかも今日は週末だし、明日は休みだし……このままエッチになだれ込んじゃうのもいいかなあ……と思っていたとこ ろでした。
 夫からくちびるを離し、ちょっと熱っぽい目でソファに倒れこんだまま夫を見上げました。
「ヤス……したい?」
 酔っていましたが、わたしは自分の口で、はっきりそう言ったのを覚えています。
 夫の顔ときたら……もう真っ赤で、目が据わっています。
 おお、すごいじゃん。なんか、やる気まんまんじゃん、と思ったら、なんと夫の手には、ちゃんとコンドームの袋が一つ握られているではありませんか。
「やろう、やろうや……“奥さん”」夫が冗談めかして言いましたが、結構興奮してるみたいです。
「……きゃっ」
 夫の手によって、わたしはソファから引き起こされました。



 

NEXT
TOP