ほんとうにお願いします 作:西田三郎 ■後日
後かたづけをして、途中だった皿洗いを終えると、二人で狭いユニットバスに入った。
お互い冗談を言ったり、先ほどのセックスを反省したりで、大した話はしなかった。
風呂から上がると、河底さんはおれの「汚れたパンツとズボンは洗濯しといたるから、これ履いて帰り」と言って男物のトランクスとスゥエットパンツを貸してくれた。誰のものかは言わなかったが、おれも敢えて聞くことはしなかった。
「コーヒーとか、飲んでく?」河底さんが言った。スゥエットの上下を来て、髪をお下げにした河底さんは、まるで高校生のようだった。
「いえ、もう帰ります」おれは席を立った。「どうも、おじゃましました」
河底さんはドアまで見送ってくれた。出ていこうとするおれの背中から、河底さんが言った。
「カレー、美味しかった?」
「え?」
「あたしのカレー…ほんまにおいしかった?」
何なんだろう、この質問は。おれはどう答えていいかわからず、しばらく頭の中で答えを探していた。そして最適の、無難な答えを見つけだして、言葉にした。
「…え?ええ、とっても」
島本さんは何も言わず、気のせいかも知れないが、少し寂しそうに笑った。
「おやすみなさい」と、おれが言った。
「おやすみ。また来週、会社で」島本さんはドアを閉めた。中でチェーンを掛ける音がした。
おれはしばらくドアの前に突っ立っていたが、やがて口笛を吹きながら夜道を歩き始めた。
いい気分だった。
翌週出社すると、机の下に百貨店の紙袋が隠すように置いてあった。中にはおれのズボンとパンツが入っていた。期待していたわけではないが、メモも手紙も何もなかった。
昼少し前、廊下を歩いている河底さんとすれ違った。
綺麗に化粧をして、会社の事務服を着ていたが、目はあいかわらず半開きで、薄いピンクの口紅を塗った唇は肉感的だった。おれは声を掛けるのも何か気まず いので、軽く会釈をした。河底さんも少し笑って、おれに会釈をした。そのままおれと河底さんはすれ違った。おれは少し立ち止まって、会社の制服である紺の タイトスカートに包まれた河底さんの尻を眺めた。ヤッたあとで見ると印象も違うかと思ったが、相変わらずいやらしい尻だと思った。
その日、会社が退けてから、同じ部署の後輩である西島と飲みに出かけた。
酒も数本開けていい気分になったので、先週末、河底さんの部屋に行ったこと、そこですばらしい性交をしたことを少し尾鰭をつけて話した。台所で、尻の動きでイッてしまったくだりは意図的に省いた。西島はまじめな奴だと思っていたが、聞いているうちに興奮してきたらしく、マジッすか、といいながら身を乗り出して話に聞き入っていた。
「じゃあ先輩、オレも今週末、河底さんの部屋に行っていいですかね?」西島が言った。
いいんじゃないの、とおれは答えた。止める理由は何もない。
西島も今週末、河底さんの部屋を訪れ、ニンニクを剃刀でスライスしたのを隠し味にした特製カレーをごちそうになって、極上のファックにありつけるのだ。
そして部屋を出るとき、「カレーは美味しかった?」と聞かれるわけだ。
これまで河底さんの部屋を訪れた、おれを含むあまたの男達と同じように。
確かにカレーは美味しかった。
「いやあ、もう、今から週末が楽しみで仕方ないっすよ!」西島がそう言って、ビールを空け、お代わりを注文した。
少し西島が羨ましくなった。
少なくとも彼には、今週末まで生きる希望がある。(了)
2003.11.03
感想などありましたらお気軽にどうぞ。読んで本気汁出します(笑)
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