ハードコアな夜
作:西田三郎「第11話」 ■ショー・マスト・ゴー・オン、ライフ・ゴーズ・オン
縄を解いてもらって、そのガウンのじじいから説明を受けた。
おれは動転して、混乱していたものだから、なかなか飲み込みが悪かったが…まあ話をまとめると、だいたいこんな感じだ。
<その1>
今回のこの乱痴気騒ぎは、このじじいの企画である。またこの家は、じじいの家である。
じじいのカミさんはとっくに亡くなっていて、元来のじじいの偏屈な性格のせいで、子供達もじじいには寄りつかなくなり、じじいは孤独だった。じじいは大金持ちで、ヒマと性欲をもてあましていた。そして様々なアダルトビデオを見たり、カネで買った女たちにいろんなことをしたり、させたりしていろいろと試して見たが、やがていかがわしいこともやり尽くし、突拍子もないことをしたくなった。
そこでじじいが思いついたのが、このSM小説もどきのイメージプレイを、自らビデオで撮影して、それを楽しむことだった。
つまり、大金持ちだが性格破綻者で変態のじじいが、趣味としてこのイベントを企画し、実行したわけだ。
じじいはこの寝室の隣の部屋でモニターを通して一部始終を見ていたという。
<その2>
“奥さん”とダンナさんは、本当に夫婦である。二人はそれほど金に困っていた訳ではなかったが、1週間前に“奥さん”がおれに語ったように、彼らの性生活は危機的状況にあった。かれこれ2年も性生活がなかったというのは、本当だったようだ。夫婦はインターネットを通じてじじいと知り合ったという(おれは“奥さん”とテレクラで知り合った…似たようなもんだ)。はじめに“奥さん”がおれとの売春光景をビデオに撮った時点から、すでにプレイははじまっていた。おれ以外にも、同じようにヴィデオの前で“奥さん”とまぐわった男が何人か居たらしい。
それら候補の中から、おれが選ばれたわけだ。
おれが選ばれた理由に関しては、関係者一同、口を濁したが……おれにはその理由がわかった。
多分、おれが一番間抜けそうだったからだと思う。
「殴ったり蹴ったりしてごめんね」とダンナさんはおれの肩を叩きながら言った。
おれの所持物のなかからあの“段取り”シナリオがなくなっていたのも、ゴムのナイフが本物にすり代わっていたのも、すべてダンナさんと“奥さん”の仕業だった。
<その3>
途中入場してきた警官もまた、もちろんニセモノである。
この家の前で時間を潰しているおれに声を掛けたところから、おれには知らされていない“段取り”はもうはじまっていたのだ。
男もまた、インターネットを介してじじいと知り合い、この奇妙な余興に参加することになった。警官の衣装は貸衣装で、それもじじいが手配した。当然彼の持っていた拳銃もオモチャである。最近のおもちゃは、本当に良くできている。
……つまりおれは、このじじいの妄想の具現化のために、一杯食わされたというわけだ。
それにしても……なんでじじいは…
“自宅でくつろいでいる夫婦の家に強盗が侵入し、若妻がダンナの目の前で犯される。妻は抵抗するが心は拒んでも 躰は正直で、ダンナの目の前でオルガスムスを迎えてしまう。行為後、ダンナが強盗に逆襲、ダンナは強盗を縛り上げ、警察に通報する。しかしやってきた警官 は好色なゲス野郎で、“奥さん”に欲情し、縛り上げた強盗の目の前で、“奥さん”とダンナさんと警官の3名が3Pを繰り広げる……”
なんていいう凝った筋書きに固執したのか?
セーラー服に欲情する奴も居れば、パンのイースト菌の匂いに欲情するやつも居る。
それは人それぞれだ。
とにかくおれたち4人は、それぞれの報酬をキャッシュでもらった。
どれくらいの額だったのかは敢えて書かないが……ここまで一杯食わされ、ダンナさんに3回も腹を蹴られた事実を鑑みても……抗議する気がなくなるくらい、結構な額だった。
「……最高だったよ!ありがとう!!」
帰り際に、老人に握手を求められた。
ねばっとした、すでに熔けかかっているような掌の感触だった。
帰り道、4人で最寄りのファミレスに入ってコーヒーを飲んだ。
「ダンナさん、お仕事は何をされてんですか?」
「いちおう……ソフトウェア業界です」
「ふーん…じゃ、“奥さん”は?」
「あたしは、何もしてません。主婦です」
「はあ……じゃあ、お巡りさんは?」
「…バイトで警備員をしております」
「……はあ、なるほど。だからあんなにお巡りさんの格好が似合ったんですね。わっはっは」
4人で笑いあったが…当然それ以上会話は盛り上がらず、我々は間もなく解散した。
一人の部屋に帰って……じじいからもらった報酬を数えた。
身体を貼って稼いだ金だ。うん、確かに、これぐらい貰えても不思議ではない。
何故かおれは、無理矢理自分にそう言い聞かせようとしていた。…なぜなら、大きな不安の暗雲が、おれの心をすっかり覆い……おれの全身の神経をハリネズミのように鋭敏にしていたからだ。
何がそんなに不安なんだろう……しばらくおれは、その不安の原因がわからなかった。
寝る前に歯を磨き、顔を洗って、鏡で自分の顔を見たその時、不安の正体が分かったのだ。
“あのコントは、ほんとうにもう終わったんだろうか?”おれはまだ、あのじじいの妄想の中に居るんじゃないのか?
今は全てが終わり、報酬も手に入れ、自分自身は終わったつもりでいるが………突然何かがはじまり、また物語が動き出さないなんて、誰に言い切れる?おれはまだ、そのど真ん中に居るのかも知れないのだ。それどころか、まだこの物語ははじまったばかりなのかも知れない。
あの報酬額を考えてもみろ……ひどい扱いを受けたとはいえ、たった一晩の報酬としては、かなり非常識な額なんじゃないか……?
おれはしばらく眠れなかった……あれから1年近くになるけど、時折そのことがふっと頭をよぎる。
その翌年の正月、何とあの夫婦から年賀状が来た。
どうやら女の子が産まれたらしく、その子を鋏むようにして満面の笑みを浮かべている夫婦の写真が刷り込まれていた。お母さんによく似て、たいへん可愛い赤ちゃんだった。
まあ、幸せそうで何よりだ。(了)
<2005.01.27>
感想などありましたらお気軽にどうぞ。読んで本気汁出します(笑)
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