義父と暮らせば
作:西田三郎
「第10話」

■案外そうなるかもね


 ホテルを出て、二人でお好み焼き屋さんに入り、それぞれお好み焼きを一枚ずつ、ビールを中ジョッキで2杯ずつ飲んだ。いやあ、いいセックスのあと のビールはおいしいわ。
 お義父さんは上機嫌だった。まるで憑き物が落ちたみたいに明るかった。
 はあ、男の人って単純なんだなあ、と呆れながら、あたしはお義父さんが元気になったことで単純に嬉しかった。
 
 店を出ても、外はまだ明るかった。
 そのままお義父さんと腕を組んだまま、街を歩いた。
 周りから見たらあたし達はどんなふうに見えるんだろうね、ってお義父さんに言う。
 「そりゃ、仲のいい親娘だろ」とお義父さんは答えた。
 そんな訳ないよね。
 こんなにいい歳して、うれしそうにお義父さんと腕組んで歩く娘なんて居ないよ。居たら気持ち悪いよ。と、あたしは思ったけれども、言わな かった。
 多分、あたし、お義父さんの愛人に見えるんだろうなあ、と思った。
 すれ違うカップルを見るたびに、その思いは強まった。
 あたしは少し自意識過剰なんだろうか?
 
 街のビルの上に、大きな観覧車があって、不意にそれに乗りたくなった。
 「あれ、乗ろうよ」あたしは子どもみたいに……小さな娘になった気分で言った。
 
 観覧車の背は高くて、見下ろす街は少しずつ薄暗くなっている。
 ぽつぽつと明かりが灯るのをあたしはぼんやり見つめていた。
 お義父さんも何も言わず、窓の外を見ていた。少しだけ、お義父さんは寂しそうだった。
 あたしが無心に窓の外を見ているうちに、お義父さんがあたしの方を見ていることに気づいた。
 
 「……どうしたの?」
 「……何でもないよ」
 「……なんか、悲しそうだよ?」
 お義父さんは少し俯いた。
 何か言いたげな感じだったが、それが言葉にならない様子だった。
 「……おまえも、いったいいつまでおれと一緒に居てくれるのかなあ、って思ってさ」
 あたしは吹き出した。
 「なんだ、つまんない事を。またそんな後ろ向きな事ばっかり考えてると、またインポになっちゃうよ」少し酔ってたのかな。あたしはとんで もない事を口にしていた「……あたしは、ずっとお義父さんと一緒にいるよ」
 「……でも、おれだって、いつまでも元気じゃないんだぜ」
 「……あたしがシモの面倒も見てあげるって………」
 「……なあ、さゆり、お前、ほんとうに恋愛とか結婚とか、そんなのに興味ないわけ?」
 「ぜーんぜん」あたしは正直に答える。
 「誰かいい人が現れたら、どうすんだ?お前、今はそう思ってるかも知れないけど……もし……」
 「……いい人って?垂井さんとか?」
 あたしは爆笑した。お腹がよじれるくらいに。
 お義父さんもつられて笑う。二人とも観覧車の中で、しつこいほど笑い続けた。
 
 でもあたしは涙を流して笑いながら、ふと頭の中である情景を想像していた。

 お義父さんのお墓の前で手を合わせている、あたしと垂井さん。
 その後ろには垂井さん似のブサイクな長女が一人、そしてあたし似の、可愛い長男がひとり。
 
 ああ、冴えないなあ、とあたしは思って、それを笑い飛ばしたくなったけど、少ししんみりしてしまった。
 お義父さんには多分悟られなかったと思うけど。
 人生って、案外、そんなふうに冴えない方に冴えない方に向かっていくものなのかも知れない。
 あたしはあんまり他の人々の人生には興味はないけれど、案外、それが人生なのかも。
 
 或いは、お義父さんがボケボケにボケて、干からびて死ぬまであたしはずっとお義父さんと暮らしていくかも知れない。生涯独身のままで……いや、事故や病 気なんかで、あたしのほうがお義父さんより先に死ぬことだってあるかも知れない。だって、歪んでひねくれていたとは言え、あんなに生命力に溢れていた母 だって、アッサリ死んじゃったんだから。
 
 まあ、いいか。これ以上考えるのはよそう。
 
 あたしはお義父さんの肩に頭をもたせて、静かに目を閉じた。
 
 観覧車が一周するまでには、まだもう少し時間があるみたいだった。(了)
 
 
<2005.7.28>

面白かったらポチっと↓押してね♪



感想などありましたらこちらへぞ。読んで本気汁出します(笑)

Powered by NINJA TOOLS


 

BACK
TOP