インベーダー・フロム・過去
作:西田三郎「第3話」 ■ガタンゴトン
なんとかいつもの電車には間に合った。
最寄り駅のローカル線から30分、一番近いターミナル駅で乗り換える。
毎朝のことだが、ホームは人でごった返していた。夫の公一のように、ラッシュを避けて早起きをするような根性のない、わたしと同じ種類の人たち。わたしは人の波をかき分けて、売店のわきまで進んだ。ここで毎朝、わたしは電車を待つ。辺りを見回すと、毎朝同じ顔ぶれに取り囲まれていることに気づく。多分わたしも周りの人々も、毎朝ホームの同じ場所で電車を待つことを何かのおまじないのように考え、それを守り続けているのだろう。いつもと同じ、平穏無事な生活を送ることが出来ますように、と。
わたしは電車を待ちながら、さっきの電話のことを考えようとした。
と、ホームに電車が入って来る。ホームと電車の隙間から吹き上げる湿った熱風が、わたしの前髪をなぜた。何かを考えるより先に、人の波がわたしを電車の中へと押し込んでいく。
車内の中央まで押されて、そのまま追い打ちを掛けるように入ってくる人の波が、わたしを入り口から反対側のドアにまで押し込んだ。わたしはおでこをドアの窓に押し当てる格好で、電車の中に詰め込まれた。人でぎゅうぎゅう詰めになった電車が走り出す。
窓からは容赦なく夏の朝の光が射し込んできて、わたしの顔を照らした。
眩しさに目を閉じると、耳元で、後ろに立っていた男が囁いた。
「混んでるね」
「え?」振り向こうとしたが、すし詰め状態の車内では首すら満足に後ろに回らない。
「今朝は突然電話して、ごめんね」男がさらに口を耳に近づけて囁く。間違いなかった。朝電話を掛けてきた、あの男の声だった。「おれのこと、少しは思い出してくれたかなあ?」
周りの乗客には聞こえないくらいの小さな声。
しかしその囁くような声はあたしの耳の中を刺激し、全身に鳥肌を立たせた。
「…あの…」わたしも出来る限り小さな声で言う「誰…なんですか」
「…まだ思い出してくんないか…」男が残念そうに呟く。「じゃ、しようか…夢の続きを」
「えっ?!…あっ!」
耳元にあった男の口がゆっくりと下がり、わたしの首筋を捉えた。
「えっ…ちょっと…んっ」
首筋を舐められる。少し汗ばんでいたわたしの首筋の左上を、男の舌先が微妙に擽る。
わたしは首を動かそうとしてもがいたが、男は自分の頭をわたしの後頭部に押しつけるようにして動きを封じた。男の汗の匂いがした。男の舌が首筋を這い上がり、わたしの耳たぶに到達する。
ぞくり、と躰が震えるのが判った。
と、今度は下で男の手が、わたしの膝丈のタイトスカートをいきなり腰までずり上げた。
「やっ…!」抗議する間もあたえず、今度はわたしのパンストを脚の付け根までずり下ろす。「…はっ」
わたしは電車の中で、お尻を剥き出しにするような形にされてしまった。
ナイロン地のパンツの上から、男の手がゆっくりとお尻を揉み上げ始めた。
やさしい触り方だった。やさしいけれども、子どもが親を撫でるような感じとはまるで違う。男の手はゆっくりとお尻の肉を掴み、ほぐし、捏ねている。男の手がわたしのお尻を味わっているのがわかる。
(…これって…ようするに痴漢よね…?)今更ながら、わたしはそのことを頭で確認した。しかし、今、わたしのお尻をやわやわと揉み上げているこの男は、さっきわたしのウチに電話を掛けてきた男だ。わたしの頭は混乱し始めていた。大声を出すべきだろうか?周りの人に助けを呼ぶべきだろうか。しかしこの男はわたしのことを知っていると言っている。わたしには秘密が多い。特に夫の公一に対しては。いや今はそんなことはどうでもいい…頭の中でろくでもない考えが堂々巡りした。
そんな中、男があたしの耳たぶを甘く噛んだ。
「…ひっ…」思わず声が出た。それと同時に男の手がお尻からわたしの脚の間に入ろうとしている。
わたしは慌てて脚を閉じようとした。しかし、同時に男の膝がわたしの脚の間に分け入ってきた。
わたしの太股は男の膝頭をしっかりと挟み込み、閉じられなくなってしまった。膝と、脚の付け根のわずかな隙間に、男の指が侵入してきた。
(いやっ…)
男の指先が、パンツの底の、ちょうど入り口が当たっているあたりまで進む。ねじ込まれている指は2本。その2本の指が、ピアノのキーを叩くようにして、くねくねと動き始めた。
「気持ちいい?」男が耳元で囁く。
「…」気持ちいいわけないでしょ。男の顔を見て睨みつけてやろうとしたら、耳の中に舌を入れられた。「うんっ…!」
思わず声を出してしまった。
「気持ちいいんだ…ほら、夢と一緒だろ?」そんな風に言われるとそんな気がしてくる。
と、男のもう一本の手が前に回ってきた。この混んでいるなかでどうしたらそんな器用なことができるんだろうと思ったけど、男はわたしの脇の下から手を差し込み、前に回した手でわたしの胸を揉み始めた。薄いブラウスと、ブラジャー越しに、男の手の熱さを感じる。男はさっきお尻の肉を味わったみたいに、わたしの乳房をゆっくりと時間を掛けて味わった。
その間も、男の舌はわたしの首筋を這い回り、脚の間に差し込まれた指はくねくねと動き回る。
わたしは腰をよじり、頭の位置を変えて男の責めから逃れようとしたけど、無駄だった。躰を逃がした先に、男の舌と指が待っていた。わたしの空しい抵抗は男に新たな攻撃の場所を与えたに過ぎなかった。
胸を揉みしだかれ続けている。全身が熱い。わたしはさらに汗をかいていた。
躰がどうしても感じるその感覚をなんとか頭に伝えまいと、わたしは藻掻いた。
すると逆に、これまで感じていなかった様々な感覚が鋭敏になった。
男の荒い息づかいが聞こえる。背中に押しつけられた男の胸から、激しい鼓動を感じる。そして、スカートをずり上げられたお尻には、パンツの布地越しに熱くて固いものが押しつけられているものの存在を感じる。
「ほら…濡れてきたでしょ」男がまた耳元で囁く。
「そんな…あっ!」
胸を揉んでいた手が出し抜けにしたに下がった。前からスカートをたくし上げられる。
わたしは何をされるのかを察知して、激しく身をくねらせた。
「いやっ」周りの人に聞こえたかも知れない。聞こえなかったかも知れない。そんなことはどうでも良かった。とにかくわたしは動けない中でもありったけの力を使って、男の手を封じようとした。
しかし、男の手はやすやすとわたしのスカートを腰まで捲り上げる・
いまやスカートはまるで腹巻きにみたいにわたしの腰に引っかかっているだけだ。
男の手が前に回ってきて、前から脚の間に入った。
「やっ…んっ」
前に回した手の一差し指だけで、パンツの上から肉の遭わせ目を探り当てられる。わたしの反応を確かめるように、男の指がかすかに振動を始める。
後ろから入ってきている指は布地の上から肉の裂け目の線をなぞる。
(いやっ…やっ…)
腰を後ろに逃がせば、後ろからの指が激しく割れ目擽る。
それで前に腰を逃がせば、今や的確に快楽の位置を突き止めた人差し指が、容赦ない振動を加えてくる。
わたしはさらに汗をかいた。首筋に流れる汗を、男が舌ですくい取る。
ほんの5分かそこらの出来事だった。
しかしわたしにはそれが何時間にも感じた。
やがて、前に回された男の手が、すこしずつ上に上がり、パンツの縁に触れた。
「やっ!…だめっ…」本当に小さな声で言った。当然、男は聞く耳を持たなかった。
すこしずつ、男の指がパンツの中に入ってくる。指先が茂みをかき分けて、まっしぐらに熱くなっている中心へ向かった。腰をよじって逃れようとしても、もう無駄だった。男の指先が縁まで来て、溢れているぬめりを味わっているのがわかった。
「夢と同じだ…いやらしいね、伊佐美ちゃん」
「…やめ…やめてくだ…さい……はっ!」
男の指がさらに分け入り、的確に快楽の中心の先端を捉えた。
「…やっ!…んっ…」
器用な男の指が、そのまま先端の包皮を剥き上げる。異常なほど敏感になっている先端に、ちょん、と男の指が触れた。
「あうっ…!!」痛いくらいの激しい感覚だった。
「ほら、行くよ」男はそれを合図に、敏感なその部分を、触れるか触れないかの微妙な触り方で、ゆっくりと弄び始めた。
「んんっ……ん…ん…んん…んっ!」
わたしには、もう声を堪えることしかできなかった。
わたしは昔からイきやすい体質だ。イくはやさにどれくらいの個人差があるのかは知らないが、多分それでも早いほうだと思う。その時、男にクリトリスを嬲られていたのはほんの20秒ほどだったろうか。わたしはすっかりつま先立ちになり、男の胸に背中を預けていた。もう、いつ限界がきてもおかしくない状態だった。
「イきそう?」男がまた耳たぶを噛みながらいう。
わたしは目を閉じて歯を食いしばり、ぶんぶんと被りを振った。
口をあけて何かを言ったら、それが喘ぎ声になってしまいそうだった。
さらに男の指が激しく先端を攻撃する。わたしは腰を前に突き出していた。頭の中が、だんだん白くなってきた。あとちょっと…あとちょっとでイける、わたしは自分で腰を振っていた。男の責めから逃れる為ではなく、さらなる刺激を求めるために。
と、電車が駅に着いた。
「?!」
男の手が慌ただしくパンツの中から出ていき、パンストが引き上げられる。男はご丁寧にスカートまでなおしてくれた。何が何だかわからないまま、わたしはされるままになっていた。
ドアが開く。
わたしが降りる駅の一つ手前の、大きなターミナル駅だった。
ものすごい人の流れに押されて、わたしは男に背を向けたまま、電車の外に押し出された。
振り返る。しかしそこに男の姿はない。代わりに、無数の男や女たちの背中があった。慌ただしくホームの階段へ流れ落ちていく人の波。わたしはその人の波を必死に目で追い、男を探し出そうとした。
と、電車のドアが閉まった。
なんと、電車はわたしを残してホームを出ていった。
わたしが降りるのは次の駅なのに。呆然と立ちつくしていると、バッグの中で携帯が鳴った。あわてて携帯を書き出し、通話ボタンを押す。液晶には「番号非表示」と出ていた。
「もしもし?」
「…伊佐美ちゃん?」男の声だった。バックに駅のアナウンスが聞こえる。
「…誰なんですか」
「…まだ思い出さない?」
「…教えて下さい、誰なんですか」
「…まあ、そのうち思い出すよ。またね」
電話は切れた。
次の電車に乗ろうかと思ったが、今日はどう考えても遅刻だ。
わたしは会社に体調不良の旨を連絡した後、次に来た反対側の電車に乗って、家に帰った。
<つづく>
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