インベーダー・フロム・過去 
作:西田三郎
「第22話(最終回)」

■デイバイデイ

 それからいろいろあって、三ヶ月でわたしと公一は別れた。
 
 もちろん、あの夜のことは今もしっかり覚えている。
 あの時にはこんな結果になるとは思ってもみなかった。
 考えてみれば、離婚という極端なカタチで、すべてを律儀に終わらせることはなかったのではないか、と思うこともある。あんなことがあっ て、やはりわたしたち夫婦は元のままに……少なくともわたしがそう感じていたくらいには……戻ることはできなかった。
 一緒にご飯を食べたり、楽しく会話をしたり、どこかに出かけたりもしたけれど…。
 その合間合間に生まれる会話の空白…沈黙に耐えられなかった。
 子どもじゃないんだし、そんなことはちょっと我慢していれば忘れてしまうかもしれない。躰の傷なんかよりもずっと早く、そうした傷はすぐかさぶたになっ て、乾いて、消えてなくなっていくものだと思ったけれど…。
 わたしよりも、公一のほうが…その痛みを全身で感じているようだった。
 そんなときはわたしも寒気と、どうしようもない鈍痛を感じた。
 そしてそんな辛さは、きっと一生続くのだろうと感じた。
 ほんとうはそんなことはなかったんだろうけど…わたしたちは別れざるを得なかった。もう少し慎重になったら?と、誰かわたしたち夫婦のこ とを良く知っている人が居たなら、そう咎めたかもしれない。確かにそうだ。慎重になるべきだったと思う……ちょうどわたしが、妊娠に気づい たこともあったし。しかしわたしには友達がいない。
 
 そう、わたしは妊娠した。
 公一の子だろうと思うが、はっきりしたことはよく判らない。
 とにかくわたしのお腹の中で、その子はすくすくと成長している。
 
 わたしは新しい仕事を見つけて、郊外にワンルームマンションを借り、部屋から出ていった。公一はひとり、あのマンションに残った。彼には 彼の人生があり、わたしにはわたしの人生がある…というか、今はわたしたちというべきか。シングル・マザーになることに不安はなかったかっ て?いや、不安がないといえばそれは嘘になる。しかし、何となく大丈夫な気がするのだ。一連の事件から、わたしには人生における様々な問題 に対して前向きに取り組んでいける、大変好ましい性質があることに気づいた。ときに問題に対処するために、まったく間違った対策をとること もあるが……たとえばそれは、3週間で過去の男12人とセックスするようなことだか…何にも対処できないよりずっといい。
 
 深夜で、明日は休みだった。
 入社していきなりなんだが、産休をとらねばならないことが、少し憂鬱だった。
 そんな時は「ランボー2」のビデオを観た…一人暮らしを始めてから、夜、話し相手も居ないので、なんとなくビデオ店のワゴンセールで買っ た中古ビデオだった。別にスタローンが好きな訳ではなかったが……なんとなく観ているといつも気分がスッキリした。
 
 映画も終盤にさしかかり、ランボーはヘリに乗ってベトナムの奥地に秘かに作られていた捕虜収容所を情け容赦なく攻撃し、北ベトナム軍兵士 を皆殺しにしていた。
 
 映画を観ながら、わたしは未来のことを考えていた。
 わたしの未来というよりも……産まれてくる子の未来に関してだ。
 まだ男の子なのか女の子なのかわからないが、なんとなく女の子が産まれそうな気がする。
 わたしはその子に何を教えてやるべきだろうか?人生を30年近く先に生きた先輩として。
 
 教訓その1…未来のことをよく考えて、用心深く生きること。
 教訓その2…人生にとって何が有益なのかをよく考えて行動すること。
 教訓その3…もし女の子なら……自分というものを大切にすること。
 教訓その4酔いつぶれるまでお酒は飲まないこと。
 
 こんなところだろうか?
 

 …いや、そんなふうに人生が運ぶ筈がない。そうはいかないのが人生で、だからこそ人生は面白いのだ
 
 …人生とはつまり、一日ずつ、いや一時間ずつ、一分ずつ、…それこそ一秒ずつ、過去を作り上げていくことだ。わたしたちの未来は一本道で、それは未来に しか繋がっていない。わたしたちに選択肢はなく、過去に逆戻りして失敗をやりなおすことは許されない。
 
 もし産まれてくるのが女の子なら…わたしは娘にどんな人生を歩んでほしいか?

 わたしは娘の人生を導くことはできるかも知れないが、最終的に彼女に自分の人生を押しつけることは出来ない。わたしは自分が作ってきた過去のせいで、ひ どい目に遭って、最終的に愛する伴侶まで失ってしまった……しかしそれは、誰のせいでもなく、わたし自身のせいだ。
 娘にはわたしのように、後に過去に追いつかれて苦しめられないように、慎重に、間違いを犯さず、賢く生きていくことを求めるべきか?…そ れに越したことはないが、そんなことは不可能だ。
 

 ずっと先の未来に、過去の過ちの波紋が襲ってくることを恐れながら、1日を、1時間を、1分を、1秒をびくびくして生きていく……?そ んなことは馬鹿げている。わたしたちは何も、未来のためだけに生きているのではない。過去に縛られて生きているのでもない。
 わたしたちが自由にできるのは、今、この瞬間だけなのだ。
 
 映画のラスト、自分をわざと危険な任務に追いやった役人を、ランボーが追いつめてマシンガンを乱射
 作戦会議室をめちゃくちゃにする。爽快なシーンだ。
 でもわたしは、ラストが一番好きだ。
 
 「これからどうするんだ」上官がランボーに聞く。
 ランボーは答える。
 「Day by day(日々を生きます)」(了)
 
<2005.02.16>

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