イグジステンズ
〜存在のイっちゃいそうな軽さ〜
■11■ やっぱり、飯田じゃない
飯田は明かりを消してくれた。
部屋は真っ暗、というほどではないが、飯田の顔が影法師になる。
「誰だよ、ウシジマって……」その声が、少し上ずっていた。
「……なんでもないよ……どうってことないよ……あっ」
仰向けにされて、胸を庇っていた手を引き離され、そっと頭の上に上げさせられた。
“万歳の姿勢でいなさい”ってことだろうか?
いや、そういうことなんだろう。わたしはベッドの上で両手を頭の上に上げたまま、飯田の次の動きを、どきどきしながら待った。
「教えてくれよ。誰だよ、ウシジマって……新しい彼氏の名前?……男、もうできたの……?」
「ぜ、ぜんぜん違うって……」いや、ほんとに。マジでちがうから。「で、でもそんなの……か、関係ないでしょ。あ、あんたに……とやかく言われるスジアイないわよ……」
わざと憎まれ口を聞いたのは、飯田を燃え上がらせるためだった。
飯田から顔を背けて、また次の動きを待つ。
たぶん、荒々しく覆いかぶさってきて、おっぱいを引きちぎるように揉まれ、脚を広げられて激しく指で責められ、裏返しにされてお尻を高く持ち上げられ、 ブスリと後ろから突き入れられて、“おら! おら! おら! おら! おら!”と抜き差しされるに違いない、と思っていた。
それが飯田の限界だからだ。それでこそ飯田だ。そうでないとおかしい。そうでなければ、飯田ではない。
「……そのウシジマ君って……ヤミ金屋みたいな名前の新しい彼氏は、結衣にどんなふうに触るのかな?」
「だ、だから……ち、違うって……てか、マジで……あんたに関係ないっ……んあっ……」
飯田の手が、わたしの全身を包み込んだ。いや、そんなに飯田の手がでかいわけがない。でも、そうとしか表現ができない。
……ど、どうなってんの?
その愛撫は、わたしが予想していたものとは全く違っていた。
首筋を撫で、鎖骨をなぞり、乳房にからみつき、乳首の先に繊細な刺激を与え、みぞおちを這い降り、おへそのまわりでとぐろを巻き、下半身の水着線のあたりを確かめ、内腿で蠢き、膝頭や膝の裏にまとわりつき、脛や脹脛を揉み込む。
これを順番にこなしていくならまだしも、それをすべて一度にこなしているのだ。
あまりに予想外の展開に、わたしは数秒もたたないうちに、ベッドの上でのけぞり、身体をくねらせ、喘いでいた。
あっという間の、あっけない降参だった。
でも目をしっかりと閉じて、その人が変わったように巧みで繊細な愛撫に身を任せてみる。
目を閉じると、飯田の顔を持った男の存在が消えた。
その愛撫は、居酒屋のテーブルの下でわたしの下半身をもてあそんだ(やっぱりいやらしいね)あのじじいの愛撫のようでもあり、あるいは高田、畑、内 村……その他いろいろ、これまでにわたしのカラダを通り過ぎていった(なんか、湿っぽいね)男たちの愛撫のいいところを、統合したようでもあった。
さらにいうなら、これまでにいろんな人々の姿に成り変わって、受けてきた愛撫という愛撫、あるいは自分が誰かにほどこしてきた愛撫という愛撫をミックスして、そのうわずみをすくい取ったような、そんな多様で複雑で豊かな愛撫だった。
「あっ……あああうっ……くっ……ちっ……違うっ……ぜ、ぜったいちがうっ……ちがうでしょ? あんた、飯田じゃないでしょっ!」
「じゃなかったら……誰なんだよ。そのウシジマって新しい彼氏かあ?」
「……ああああっ……だ、だめっ……だめ、そ、そんな…………いやあっ」
まるでわたしは操り人形だった。
そんなに強引に力をかけられたわけではないのに、くるりと身体を反転して、腹ばいにされている。
え、いつのまに……? という感じ。
そして、え、いつの間に……? という感じ続きで、お尻を高く持ち上げさせられていた。
いや、こういう姿勢をとらされてしまうことは予想していたとはいえ、ムリヤリそういう姿勢を取らされている感じがまったくしない。見えない糸に引っ張ら れて、そういう姿勢になってしまった、という感じ。というか、そういう姿勢こそが自然であり、ほかの姿勢は不自然であるかのように思える感じ。というか、 飯田にそういう姿勢を取らされたというよりもむしろ、自分からそういう姿勢を率先して取ってしまった感じ。
とはいえ、四つん這いになって人に見せたくない恥ずかしい部分を、さらけ出していることに変わりはない。
それを思うと、また身体の奥から熱い痺れが滲みだしてくる。
わたしは、あの鏡の部屋で成り変わったあのエロい身体の熟女のことを思い出した。
今のわたしはあの女に負けないくらい、飯田の目にいやらしく映っているに違いない。
わたしが鏡を通してあの女の媚態を目にし、激しく欲情したみたいに。
そして、鏡の中のあの女を、自分の身体を通して犯したくなったみたいに。
「いいなあ……お前の尻はほんとうに最高だよ……」
「お、お尻だけでしょ……あんたが好きなのは……」恥ずかし紛れに憎まれ口を叩く。「……ど、どうせわたしは……けつがキレイで部屋つきの女ですよ……バックでオラオラってヤられるために生まれてきたような女ですよ……」
「そのウシジマ君も……結衣の尻が好きなのか? バックで結衣をオラオラするのが好きなのか?」
「だ、だから……ち、ちがうってば……んっ……あっ! や、やだっ!」
舌が押し付けられた。また、これが信じられないような舌だった。
わたしの入口の部分をぞろり、と舌が這っていく。恐ろしいくらい長い舌だった。突き出したお尻に後ろから顔をうずめているはずなのに、その舌はその…… ク……リトリスのてっぺんはもちろん、それを通り越してずっと先まで伸びて、わたしの茂みにわけ入り、くぐり抜け、信じられないことにおへそのあたりまで 届いている。 舌は平べったくなったり細長くなったりして、わたしの下腹部全体をまんべんなく這い回った。
もちろん、クリト……リスもしつこいくらいに責め立てられた。
舌が入口を押し分けて中に入ってきたときは、正直言って怖かった。
この舌は、いったいどこまで届いて、どこまでわたしをおかしくするのだろう?
情けないけれど、そのときにはわたしはシーツにしがみついて、泣きながら飯田に許しを乞うていた。
「……も、もうやめて……ゆ、るし……てっ……だめっ……だめっ……そ、それ以上されたら……もうっ……」
「ウシジマ君の舌と……どっちがいい?」目を閉じて聞く飯田の声は、やはり何かが違う。「……それにしても結衣って……こんなにエッチだったっけ?」
「あ、あんた……だって……」まるで他人じゃない、と言い返そうとしたが、また激しく舐められる。「やああっ!…………あ、あ、あ、あ、く、くうううううっ……んんんっ!!」
もうダメだった。ジェンガが崩れるみたいに、わたしはイってしまった。
子犬が甘えるみたいな声を出して。
抗いようも、堪えようもない。なしくずしの絶頂で、まるで急な豪雨にでも降られたみたいだ。
クンニだけでイってしまうなんて。というか、飯田ごときのクンニに。ていうか、ちょっと待てよ……やっぱりおかしい。飯田はクンニなんてする男じゃない。いやいやこれまで一度も、してくれたことがない。わたしには毎回、舐めさせるけど。
ちがう。ぜったいこの男は飯田じゃない。て、いうことは……。
と、ちょん、と濡れた入口の先に何かが触れた。
「ひゃっ……ちょ、ちょっと待って……ああああんんっ!」
するっ、とそれが這入ってくる。
押し込まれた感じはしなかった。自然に、入ってくる。“ごめんください”みたいな感じで。
というか、わたしのほうが、それを“どうぞどうぞ、狭いところですが”とそれを受け入れている。
ちがう。
ぜったい、飯田じゃない。
それが奥まで届いたとき、わたしは一瞬で軽く気を失ってしまった。
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