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童貞スーサイズ

第四章 「
アウト・オブ・ザ・ブルー、イントゥ・ザ・ブラック



■第35話 ■ ジェノサイド・ボックス(ブラック)
 今度こそ、もう何が中に入っていようと驚くまい……芳雄はそう思いながら黒いガムテープを剥がした。
 この箱の形状と、今夜樋口が起こした事件を考え合わせれば……中に入っているものに関しては大方想像がつく。

「…………」

 予想どおり箱の中でエア・クッションに包まれて収められていたのは……一丁の自動小銃だった。
 芳雄は銃には詳しくないが、その姿は見たことがあった……遠い国の武装勢力がニュースに映像で表れるたびに目にする、あの銃と同じものだ。

AK47だよ」工藤が言った。「世界のテロリストが認める、最高の 品さ。頑丈で生産コストも低い。どんな状況でも問題なく作動する。おまけに威力があって、特に目標を定めて撃つんじゃなければ……どんな素人でも扱える。 あ、いちおう基本的な使い方は同梱してあるから……親切だろ?」
 
 工藤が乾いた笑い声を上げる……確かに一枚、4つに折りたたまれたA4のコピー用紙が入っていた。芳雄は言葉もなく、それを広げる。
 “まず安全装置が掛かっていることを確認します……次に弾倉(同梱)を挿入し、安全装置を下に一段下げてボルトを引きます……”云々。
 それらが全て、簡単な熊ちゃんのイラスト入りで解説されている。
「それ、あたしが描いたの」とドウ子。
 ドウ子の以外な才能に驚いている余裕はなかった。
「……昨日、樋口くんはそれを買った。ようやく彼もわかったんだな。自分がただ意味もなく、ムダで味気ない人生をだらだらと過ごすよりは……何かをすべき だ、ということを……いや、自分には何ができるのか、って事か……いやいやむしろ、自分には何しかできないか、って事かな」
「……これを……一体何丁売ったんだ?」
 予想していたより、小さな声が出た。

 芳雄は自分の声がやはり震えていることに気づいた。予期していたのに……やはり目の前にある現実の前には、意思など脆いものだった。

「……今のところ……20丁前後ってとこかな。まだまだ在庫はあるよ」
「一体、こんなものをどこから?」芳雄は消え入りそうな声で言った。「……それにあの薬……どこからこんなものを仕入れてるんだ?」
「“クラブ・ニルヴァーナ”の顧客層は広いんだよ、芳雄君……それに関しては……君もうすうす感づいてるだろ?」
「そうそう、上から下から。しかも裾野は広い」ドウ子が大きく伸びをしながら言う。
 
“あああんっっ………もう、もう、おしっこ出ちゃうよう………ねえ、出しちゃっていい? ……出しちゃっていい……?”

 階上より愛の声がまた届いてくる。

「……上でお嬢さんとお楽しみのあの仮面の連中……彼らとは、君もお楽しみ済みだったけかな?……彼らが仮面を被ってる理由は……言わないでもわかるよ ね?」と工藤。「まあ……人の上に立つ人間ってのは自意識過剰な人間が多いんだよ。でも、上から見れば見るほど……この国の状況はより絶望的なものらしい よ。これは僕が睨んでいたとおりだ。彼らが本気でこの国の状況に対して絶望しているのか、それとも何か個人的な事情で絶望しているのかは、僕にもわからな いけどね。まあいいさ……絶望の個人的な内容なんて、僕らにとってはどうでもいいことさ」
「エライ人ほどすけべえなんんだよね、何故か」
 ドウ子がまたケラケラと笑う。
「……じゃあ……あいつらが“先生”って呼ばれてたのは……」
「まあ、そういう事だね」工藤がこともなげに答えた。「昔はね、芳雄くん。君が生まれるずっと前の話だ……そう、僕や君のお父さんがまだ子供だった頃は、 何かの主義や理想が、いつか人々を団結させて、それがいつの日かよりよい世の中を築き上げてくれるなんて……そんな夢物語を、みんなが信じていた。まあ、 僕自身や君のお父さんは……そういう時代にはすこし乗り遅れた世代だったけどね……でも、今とは違って誰もがそう信じていた時期があったんだ。今思え ば……それは幸せな時代だったのかなあ……間違ってはいたけど」
「……バカじゃないの?」
 ドウ子が4つめの蜜柑に手を伸ばしながら呟く。
「でもね、本当は違うんだ。主義や理想は、人を一時的には纏めはするけど……結局は何も成し遂げられやしない。何故だと思う……?」

 芳雄は答えなかった。
 答えは頭の中で洗濯機の中でそよぐ一枚のハンカチのように渦巻きの中に飲み込まれていく。 
 答えてはいけない……まだ自分は、まともな世界に居る……せめてそう信じたかった。

「……もともと人間は、破壊的な存在だからさ。君にもわかるだろう? ……人間は、何かを作り上げるたびに壊す。壊してはまた作り出す。そして、作り出してはまた壊す……それが人間がこの地球で繰り返してきたことだ。人間が何かを作り出すのは、結局はそれを壊したいからなんだ」
「ほんっとバカよねえ」
 ドウ子がまた笑う。
「人類の歴史は、破壊の歴史だ。何故人は破壊すると思う……? 絶望したいからさ。理想も主義も、明るい未来への希望も……結局はまやかしで、その実現に 関わった人間は、最終的には結局……絶望を味わうことになる。君のお父さんと僕が、あの馴染みの小さなスナックで何度も何度も話し合った結果、導き出され た結論はつまりそういう事だよ……ならば、人々が本当に求めているのは何か?………結局は、“絶望”そのものなんじゃないかってね」
「むーつーかーしー……」ごろり、と仰向けに寝転がりながら、ドウ子は言った「あーもう、キチガイの話聞いてると眠くなっちゃう」
「ドウ子ちゃん、お風呂沸いてるから入りなさい」工藤がドウ子に穏やかな口調で言う「……そんなところで寝ちゃうと風邪引くよ」
「………はーい」
 
 ドウ子がのそのそと身を起こす。
 ジーンズの布地に包まれたしなやかな脚がするするとコタツから這い出すのを、芳雄はぼんやりと見つめていた。
 ドウ子の脚は現実だ……で、工藤が今話していることは? ……今、自分が置かれているこの状況は?

「……一緒に入るう……?」

 ドウ子が踊るような足取りで芳雄の脇を通り過ぎながら言った。
 そのままドウ子は部屋を出て行ってしまった。ほんの少しだけ、その残り香を残して。 
 工藤はドウ子がバタンとドアを閉めるのを見届けてから……芳雄に向き直り、あのぞっとする笑みを見せた。

「さて、芳雄くん……半分でも我々のことを理解できたかな?……まあいい、僕もちょっと、一気に喋りすぎたかもな。話がちょっと抽象的になって申し訳なかった」
「………あんたは、狂ってる」芳雄は言った「あんたも、ドウ子も、上の連中も……それに……」
「君のお父さんも?」工藤が芳雄の言葉を遮る。「それは違うぞ、芳雄君……いや、君がどういう感想を持つのか、それを僕に強制する権利は無いよ……誰に も、何も強制はしないのが……僕の、いや、この“クラブ・ニルヴァーナ”の主義だからね……でも、僕や、ドウ子ちゃんや、上の連中をどう思ってもいいけ ど……お父さんのことをそんな風に考えちゃいけない。お父さんは君をすごく愛していた……そして、気遣っていた。……多分、君はそんなことをぜんぜん知らないだろう。でも、お父さんほど、君のことを気遣っていた人はいない……君が気づかなかっただけでね」
「気遣ってた? ……愛してた?」芳雄は思わず身を乗り出した。なぜ強く出ることができるようになったのだろう?……ドウ子が退出したからだろうか? 「……あんなわけのわからないビデオを、あんたに託して僕に渡すのが? ……僕をあんなわけのわからない女に引き合わせるのが? ……女装させて、あんた らのわけのわからない組織に潜入させるのが? ……あの仮面をつけた“先生”たちと……その……なんていうか、あんなことさせるのが? それから………」

 そこまで一気に言いながら……芳雄は重要なことに気づいた。
 そのまま唇から躰が凍りつくような寒気を覚える……そんな芳雄の表情の変化を、工藤が見逃しているはずもなかった。
 芳雄はそのまま黙り込んだ。工藤に、自分の考えを読まれたことは明らかだった。

「……僕が言わなくても、君はちゃんと気が付いたようだな」工藤が静かに口を開く。「君は頭のいい子だから、わかるだろう……僕は、君にお父さんから託されたUSBメモリを手渡しただけだよ。後は全部……君自身が自分の判断で行動した結果、起こったことだ」

 芳雄は死んだようにうなだれた。
 恨めしげな視線は、誰に向けるべきだろうか? ……もちろん工藤ではない。
 そして、画面の中で濡れ光る指を突き出している父ではない。
 その正確な対象を睨みつけるためには……この場に鏡が必要だった。

「あのビデオだが……」工藤が画面を指差しながら言った「……君に渡したビデオは、あのシーンで終わってたろう?」
「……え……」芳雄は顔を上げた。
「実は、あの続きがあるんだ。観たいかい?」工藤が言った「これもお父さんのご意思だった……尻切れトンボのビデオを君に渡して……君がもしここまで……僕のところまでやってきたら、その続きを見せるようにってね……観たいかい?芳雄くん?」

 芳雄は小さく頷いた……生まれてはじめて、自分の意思で行動したような気がした。
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