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童貞スーサイズ
第二章 「ウェルカム・トゥ・ニルヴァーナ



■第11 話 ■ ヘル・オブ・イット

 その日、樋口と愛のマンションから朝帰りした芳雄は、帰宅するなり母と姉の質問 責めにあった。
 母は涙を流していたようだが、あまり気にならなかった。
 姉は大学生でとても美人だけども……元来のくそ真面目で控えめな、悪く言えば陰気で内向的な性格のせいで彼氏も居らず朝帰りもしない。
 だから、母の尻馬に乗って吠えたくっている。ようするに……朝帰りした芳雄が単純にうらやましいのだろう。たぶん姉は、処女である。

 “ああ、実はゆうべさあ……ホテル街にいつもいる外国人娼婦のおばさんに連絡をもらって、父さんと心中したっていう例の謎の女子高生に会って来たんだ よ。そいつは、わけのわからないデートクラブみたいなとこでヘンな売春やってるんだ。で、そいつの客だったチンピラでヤク中みたいなやつの後尾けてった ら……ホントにヤク中で、しかも変態でさ。トイレの個室に連れ込まれて、変な薬を鼻から吸わされて、もう少しでお尻の穴を犯されるとこだったよ……でも こっからが笑えるんだけど、そいつ……インポだったみたいで、結局ぼくのお尻に挿れられなかったんだ。泣いてたよ。いやほんと、マジでビビったけど、思わ ず笑っちゃったね……で、電車もないし、そのチンピラが泊めてやるって言ったら、そいつの部屋にいい年してセーラー服着てチャットレディやってる変な女が 居てさ。その女ってのがまた変態で……朝、へんな薬を混ぜたコーヒー飲まされて、もうすこしで騎乗位で犯されるところだったよ……なんとか許してもらっ て、手でイかせてもらったけどね。これがほんとうの話だけど……聞いて満足した?”
 
 そう言ってやれればどんなに痛快だろう、と芳雄は思ったが、口にはしなかった。口答えも、弁解もしなかった。結局、何も答えなかった。
 とりあえず早く解放されて……あの女……愛がくれたメモのサイトにアクセスしたかったからだ。
 余計なことを言うと話が長引く。芳雄はひたすら大人しくして、嵐が過ぎ去るのを待ち続けた。
 
 “なんでお姉ちゃんとお母さんを悲しませるの!!!!

 部屋に戻っても姉か、もしくは母が発した言葉が頭の中で反響していた。
 悲しませる……? 大ウソだ。父があんな死を遂げたとき、母や姉はほんの少しも悲しみやしなかった。
 単に大恥をかかされて、かんかんに怒っただけだ。
 今日、自分に向けられたのも、そんな気持ちと同じ類のものだろう……大人はみんなそうなのかね、と芳雄は思ったが、それはあまりにも子どもっぽい考えな ので頭から払いのけた。
 
 自室のドアの鍵を掛け、ノートパソコンを立ち上げる……父が生前、芳雄に譲った古い型のパソコンだ。ブラインドタッチもろくにできない父だったが、唯一 の趣味は自室に引きこもってのインターネットだった。どうせエロサイトでも閲覧していたのだろうが……芳雄はパソコン自体にあまり興味を惹かれなかった。 父が死んでからはそのパソコンで多少エロ動画を楽しむこともあった。
 父は一切パソコンに履歴を遺さなかったので、父がどんなサイトを閲覧していたのかは知る由もない。
 
 起動するなり、芳雄はFirefoxをダブルクリックする。
 さて、ここであの“愛”から渡された紙切れの出番である。
 
 慎重にアドレス欄にあの書き殴ったようなアドレスを打ち込んでゆく。
 胸がどきどきした。
 ここ数週間は興奮の連続だったが……特に昨夜はとんでもない事が集中して起こった夜だった……その中にあって芳雄は、これまで以上に快い胸騒ぎを感覚え ていた。。これは長い長い秘密であり、化かす相手のいない悪戯なのだ。
 
 サイトにアクセスする。
 古臭い作りのホームページだった。
 まるで十数年前に、素人がおざなりに作ってほったらかしにされたままになっているかのような、雑な作りのトップページ。
 ブログ時代やツイッター、フェイスブック時代を経て、こうしたホームページはまるで廃墟のように、シャッター商店街のように、大海をただよう手紙入りの 瓶のように、地球の衛星軌道上を漂っている宇宙ゴミのように、電子空間の彼方で息を潜めている。

 “このサイトは18歳未満の方は閲覧できません”

 トップには、決まり文句が表示された。
 いろいろと注意事項らしいゴタクが小さなフォントで書き連ねられていたが、芳雄は迷わず“ENTER”をクリックした。
 真っ黒な画面が表示され、画面中央に動画ファイルのロード残量を示すアイコンが表れる。
 残り20%……30%……40%……50%……それは必用以上に長く感じられた。イライラする。
 やがてファイルが全てロードされ、真っ黒な画面のまま、冗長なトップムービーが始まった。
 
 漆黒の場面から、ぼんやりと文字が浮かび上がる。

 “死にたい………

 文字が消えると、また別の文字が表れた。

 “でも、死にたくない……

 さらにそれが消え、また字が表れる。

 “死ぬときはひとりぼっち……

 また文字が消え、新たな文字が表れた。
 まずはじめにブルーの文字で、

 “To be”

 それに続いて白抜きの文字で、

 “or ”

 さらに赤い文字で、、

 “Not to be”

 芳雄はイライラしはじめていた。このくだらない、もったいぶったフラッシュはいつまで続くんだろう?
 芳雄がスキップボタンをクリックしようとしたときだった。
 
 画面に見覚えのある文章が表れたのだ。
 
 “ヘイヘイ、マイマイ 蒼から抜け出し、黒へ入る。
  ヘイヘイ、マイマイ 蒼から抜け出し、黒へ入る。
  顔をつき合せるより、画(え)が多くを語る。
  ロックンロールは死なない
  消え去るよりは 燃え尽きた方がマシさ
  
  「これは……」芳雄が愕然とその文章を見つめていると、その文字は消えた。
  そしてサイトタイトルの表示……
  
   “NIRVANA.com”
 
   下に管理者の挨拶文があった。

   “もしあなたが『死にたい』と考えているのなら、少しお待ちください
    このサイトにあなたが辿り着いたことは幸運としか言いようがありません。
    我々は、自殺を否定も肯定もしません。
    われわれは、『死ぬ』『死なない』という二者択一ではなく、もうひとつ選択肢をあなたに提示することができます。
    何の思い出も、手ぶらで、ひとり寂しくこの世を去っていくのは、虚しくありませんか?
   かと言って、苦しみだけがあなたを責めさいなむこの世界で、このまま生きていきますか……?
   このサイトはあなたに第3の選択をご提案します。”
  
 サイトメニューにはBBSと管理者へのメールアドレスの二つしかない。
 とりあえず芳雄は、BBSを覗いた。今はもうほとんど見かけない、レンタル掲示板サービスである。
 
 投稿者/さっちん “はあ……今日も手首切っちゃた……” 

 投稿者/長距離走者   “ちいさいときからわたしはひとの目をまっすぐにみることもできませんだからようちえんでもしょうがっこうでもちゅうがっこうでもこうこうでもだいがくで もずっとそうでした。だいがくを卒業してからずっといえにいます。もう21年間もがまんしたんです。もうそろそろゴールインしてもいいですよね?”

 投稿者/ちーこ “このまえずっと掛かっている精神科医の先生があたしの質問に対して鼻で笑ったような気がした。あたしはもはや最後の理解者も失いまし た……”

 投稿者/うつ病メタボハゲ “お父さんごめんお母さんごめん、妻よごめん。娘よごめん。お父さんはもう2年前から死んでるんだ。おまえたちと暮らしてい るのはお父さんの幽霊なんだ”

 投稿者/げろげろ “ODしちゃった……これで今年は胃洗浄4回目ダンナもなれたもので最近は救急車も呼んでくれないことがある……はあ、つらいつらい さみしいよう”

 投稿者/サザエちゃん “みんながわらってるお日様もわらってるわらってないのはあたしひとり”
  
   等々。なんと、最新の書き込みは2007年11月の ものだった。
   芳雄は吐き気がこみ上げてくるのを感じた。
   なんだかんだ言いながら、なぜこいつらは死なないのだろう?
   死ねばいいじゃないか、とっとと。
   こいつらは皆、自分の問題が何であるか自分でもよく知っているくせに、それを改めようとはしない。
   誰だって……他人から愛されるために、無理して、苦労しているんだろ? ……芳雄には理解しかねるが。

   変わる気がないなら死んじまえ。

   芳雄はいらいらしながら延々と続く自殺志願者たちのどうでもよい告白をスクロールしていった。
   しかし……一体これのどこが、愛の言っていた「特殊デートクラブ」と関連してるんだろう?
  
   と、ひとつの発言にマウスを持つ手が止まった。
  
   題名“心中、してみません?”
  投稿者/ジェーン・ドウ

 “もしあなたが『死にたい』と考えているのなら、少しお待ちください。
   我々は、自殺を否定も肯定もしません。
   われわれは、『死ぬ』『死なない』という二者択一ではなく、もうひとつ選択肢をあなたに提示することができます。
   素敵な『心中少女』たちが、あなたに死のカタルシスと明日への活力をご提供します”
 
  そして、“詳細はこちら”として、やけに長ったらしいアドレスがペーストしてある。
 
 一見、TwitterでもFacebookでもネット掲示板でもよく見かけるような宣伝書き込みである……しかし……。
 
 芳雄は震える指で、そのアドレスをクリックした。
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