駄目なあたし 作:西田三郎


■前進

 2時間後、あたしは男と駅前の居酒屋に居た。
 当たり前だが、男はマスクを脱いでいる。
 5ヶ月前と変わらず、しけた顔だった。
 気力のない眠そうな目、無精ひげ。本当に印象の薄い、情けない顔だ。
 というか、あたしにとってこの男の顔というのはあの覆面を被ったあの顔なのだ。
 覆面を脱いだ男の顔を、こんなにもじっくり見るのははじめてのことかも知れない。
 あたしと男の目の前には中ジョッキがそれぞれあって、さつま揚げだの明太子だの枝豆だの、いかにも適当に注文した感じのメニューがテーブルの上に並んでいる。つきあっていた頃はよくこんな風に居酒屋で飲んだものだ。あたしも男も疲れていたので、あんまり話さなかった。

 隣のテーブルではあたしたちより若いカップルが楽しそうに笑っている。
 二人ともかなり酒が入っているらしく、笑い転げていた。
 この近くにはラブホテル街があるので、これからそっちへ繰り出すのかも知れない。
 あたしは女の子の方を見た。
 髪も今風にきれいにまとめて、趣味のいい薄い水色のカーディガンを着て、肌つやもきれいで、活き活きとしている。二人とも、20歳そこそこだろう。とても楽しそうだ。
 あたしは目の前の男を見た。
 男は何も言わず、黙って下を向いている。
 とても不思議な気分だった。
 隣同士のテーブルに座って、同じ安い居酒屋に居るというのに、隣のカップルとあたしたち二人は、同じ人間に見えない。
 
 「…あのさ…」男が口を開いた
 「何?」
 「…あの、今日のこと、警察には言わないよな?
 あたしはため息を吐いた。
 なんだかもの凄く空しくなって、何も言うことが浮かんでこなかった。
 何か言うかわりにあたしは煙草に火を点けて、男に煙を吐きかけた。
 
 あたしたちは暫く黙っていた。
 「…なあ、おれたち……もいっぺん」男が言いかけたが、あたしは最後まで言わせなかった
 「だめだよ」
 「…」
 男はそのまま口を効かなかった。
 男はとても小さかった。つき合っている頃よりずっと貧相で、やせ細ってしまったように見えた。
 店の中は明るかったが、男の周りだけが暗かった。
 いや、はたから見ればあたしも含めて、辺りを暗くしていたのかも知れない。
 そのまま店を出て、店の前で別れた。
 さすがにその店の支払いは、男にさせた。
 
 その後、ひとりで散らかった部屋に帰った。

 ほんとうに泥棒が入ったみたいに、どうしようもなく散らかった部屋だった。
 とても疲れていた。
 このまま寝てしまおうと思って、しわくちゃのベッドを見た。
 ほんの1時間かそこら前まで、あたしはその上で男に責められていた。
 あのどうしようもない男にいいように弄ばれて、あたし自身も結構愉しんでいた。
 そのまま倒れ込まず、ベッドの上に座って、部屋を見回した。
 とりあえず、出来ることから始めないと。
 夜も遅かったけど、あたしは部屋を片づけはじめた。(了)
 
 2004.4.26
 

 感想などありましたらお気軽にどうぞ。読んで本気汁出します(笑)

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