駄目なあたし 作:西田三郎


■おかえり

 バイトから帰って部屋に入り、明かりをつけた。
 部屋の真ん中に、両目と口の部分だけ穴の開いたスキー帽を被った男が立っていた。
 ふつうなら心臓が止まるくらいびっくりするところだろう。
 女の一人暮らしの部屋に、スキーマスクの男が侵入しているのである。よほどのことが無い限り、その男はレイプ目的と考えて間違いはない。 しかし、あたしはあまり驚かなかった。
 なぜなら、あたしはこの男を知っているからだ。
 というか、その男はあたしと半年前に別れた彼氏だった。
 覆面をしているが、背丈も同じだし、腹がだらしないずんぐりした体型もそうだ。
 男が着ているクマがプリントされた長袖Tシャツは、あたしが男にプレゼントしたものだった。
 そればかりか、男の覆面はあたしにとってなじみ深いものだった。
 あたしとつきあっている頃、この男はしょっちゅうこのマスクを被っては、あたしとセックスをした。
 ふつうにセックスすることもあったが、マスクを被ってするほうが、興奮するらしい
 正常なことではないことはわかっていたが、あたしも半年前まではそれに合わせていた。
 ともかく、何でこの男が今さらあたしの部屋に居るんだろう。
 あたしはもの凄く腹が立ってきた。
 「なんであんたがここに居るのよ!」あたしは思わず大声でどなった。
 「…」男は答えない。
 「どうやって部屋に入ったのよ!」
 「…」男は答えない。
 確か別れたときに男からは鍵を取り返した筈だった。けど、合い鍵なんていくらでも作れる。
 「出てってよ」あたしは男に詰め寄った。
 「…」男は答えない。
 「警察呼ぶわよ。とっとと出てってよ!」
 「…」男は答えない。
 「何なのよ!一体!
 男はウンともスンとも言わない。
 あたしはアホらしくなって、玄関のドアを開けた。
 「ほら、出ていきなさいよ」
 「…」男は突っ立ったままだ。
 「出ていってっていってるでしょ!」
 男は動かない。あたしはイライラしてきた。だいたい、つき合っているころからこういう男だった。
 「何がしたいのよ」
 それはあたしが男とつき合っている頃からずっと男に言い続けてきたことだった。
 男はたしか、30前だったろうか。
 あたしより2つ年上だったが、無職だった。なんでそんな男とつき合いはじめたのか、なんでつき合っていたのかもよく思い出せない。働く気もないし、かといって何か人生の目標を持っているわけでもない。そういう、どこにでもいるつまらない男だ。
 まあ、あたしにだって人生の目標なんてないけど、それにしてもその男は無気力で、だらしな過ぎた。
 「…ほら、帰りなさいよ」
 「…」
 「ほんとうに、警察呼ぶよ」
 「…」
 「警察、呼んでいいの?」
 男が無言で電話を指さした。電話を見る。何と、電話線が切断されている
 「…ちょっと!どういうつもりよ!何考えてんのよ!」
 「…」男は答えない。
 「いい加減にしなさいよ!」
 あたしは男に殴りかかった。ぶっ殺してやろうかと思っていた。
 と、振り上げた手を男に受け止められる。そのまま男は、あたしをベッドに投げ飛ばした。
 「痛っ!」
 あたしはベッドの上に仰向けになって男を見上げた。
 男は黙って突っ立ったまま、あたしを見下ろしている。
 と、男のズボンの前を見た。なんとまあ、ギンギンに勃起しているのが判った。
 「…ちょっと!何考えてんのよ!大声出すわよ!」
 男があたしに覆い被さってきた。
 やばい。男はわたしと本当にヤるつもりらしい。
 「…ちょっと!やめてよ!信じらんない!
 男がポケットから手錠を取りだした。あたしは目を見開いた。
 この男は手錠を掛けてやるのが大好きだった。
 全てにおいて気力ややる気というものに欠けている男だったが、そういうことだけには凝る男だった。
 「…ちょっと!あんた、頭、大丈夫?ねえ!」
 あたしは大暴れしたけど、あっという間に躰を裏返され、後ろ手に手錠を掛けられた。


 
 

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