2×2 作:西田三郎


■教訓

 気が付くと直紀は、ワゴンの後部座席にいた。
 開け放たれた窓から風が入ってきて、直紀の前髪をなぜた。
 ふと横を見ると、隣に千晴が座っていた。千春は焦点の定まらない目で、ぼんやり前を見ている
 千晴の前髪も、風になぞられて靡いていた。
 窓の外に流れる景色は、すっかり暗くなっていた。
 前の運転席には、男と女が座っている。カーステレオからは、またも「アイアン・バタフライ」の曲。どうやら車は街に戻っているらしい。
 「晩飯の時間には、ちょっと遅れたな。ごめんな」男が運転席から言った。
 直紀は答えなかった。頭は次第にはっきりしてきたが、全身から力が抜けたようで、口を効く気にもならない。千晴も同じ様子だった。千晴からはもう、直紀 に対する怒りも、軽蔑も感じられなかった。ただ、ぼんやりと前を見ているだけだ。直紀と同じで、千晴もひどく疲れているのだろう。
 へんな話だが、そんな様子の千晴が、これまでで一番可愛く見えた。
 
 車は駅前に到着した。帰社ラッシュの時間帯で、駅には結構、人の出入りがあった。
 車を止めると、男が運転席からビデオテープを差し出した。
 「これ、みやげや。自分らの以外にも、ほかの子らのもいろいろ映ってるし、おもろいで
 直紀は無表情にビデオテープを受け取った。
 確か、男は金の生る木を持っていると言った。それは大麻のことだろうか。あと、女は自家製の製品で儲けていると言っていた。このビデオのことだろうか。
 しかし先ほどの痴態が、ビデオ撮影されていたとは気づかなかった。
 しかも、自分たち以外にも、この夫婦(?)の家で同じようなことをされたカップルは、たくさん居るようだ。
 「…安心しいて。それ売ったりはせえへんから。それはあくまで、ウチらの趣味やから」
 「…はあ」直紀は言った。ウソでも本当でも、もうどっちでも良かった。
 「また、金に困ったら、連絡ちょうだい。」男が紙切れを差し出した。携帯の番号が書いてあった。「いつでも、遊びにおいで
 「…二度と行くか…」千晴が呟いた。男にも聞こえただろうが、男は聞こえないふりをしている。
 「…ほな、これで」男が抜けた歯を見せて笑った。「…これも何かの縁やし」

 二人は駅前のロータリーで車を降りた。花柄のワゴンは、2回クラクションを鳴らすと、ロータリーを回って車の列に消えていった。
 直紀と千晴は、しばらく呆然と立ちつくしていた。やがて、千晴が直紀に声を掛けた。
 「…そのビデオ、ちょうだい
 直紀は無言で千晴にビデオを手渡した。
 「…それ、どうするの?」直紀は言った。
 「観る。観終わったら、貸したげる」
 千晴はそのままゆっくりとした足取りで歩き出した。直紀は突っ立ったままだ。

 しばらく歩いて、千晴は直紀のほうに振り向いた。千晴はこれまでにないくらい、やさしい目で直紀を見た。
 「…じゃあ、来週、学校で」
 「うん、ウサギ小屋で」
 そのまま千晴は、行ってしまった。
 あ、そう言えば今日は金曜日だったっけ、と直紀は思いながら、もらった金の全額を千晴に預けていたことも同時に思い出しだ。
 男にもらった携帯番号は丸めてゴミ箱に捨てた。
 歩きながら、こんな時間まで遅くなった理由をどう親に説明しようかと直紀は考えていた。
 
 月曜日の放課後、直紀がウサギ小屋に行くと、珍しく千晴が先に掃除をはじめていた。
 「おつかれさん」言いながらウサギ小屋に入る。
 千晴はまた無愛想に、無言で作業を続けている。
 また、こんな関係に逆戻りか。直紀はため息をついた。
 直紀がフン掃除に取りかかると、背後から千晴が声を掛けた。
 「金曜、すごかったね…」
 「…え?」直紀は振り向いた。
 「…なんか、アレで、体調が戻ったみたい」
 「…へ?」
 「実は週末に、ちゃんと来たんだ、生理
 千晴は足下を観ている。直紀もぼんやりと、千晴を見つめていた。
 しばらく二人は無言で立ちすくんでいた。
 「で…」先に口火を切ったのは、直紀の方だった「…どうする、あの金
 「…うーん」千晴は中を見て考えた。「…旅行でもすっか?」
 「そうだね…」とてもいい提案のように思えた。
 その日二人は、黙ってそのままウサギ小屋の掃除を続けた。
 
 夏休み、二人はそえぞれの親に口実をつけて伊豆に旅行に出かけた。
 資金は十数万あったので、結構な大名旅行だった。
 二人でおいしいものを食べて、いいホテルに泊まった。その間、何回もセックスをした。
 ふつうにデートもするようになった。いろんな場所に出かけて、セックス以外の事…たとえば、会話を楽しんだり、お茶を飲んだり、映画を観たり…といったことも改めてしてみた。それはそれで、楽しかった。当然、セックスは相変わらず続けている。しかし、以前よりはセックスに割く時間は少なくなったように思う。
 それ以外のこともまた、楽しいからだ。
 しかし避妊だけは、二度と忘れることはなかった。(了)
 
 2004.4.10

 感想などありましたらお気軽にどうぞ。読んで本気汁出します(笑)

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