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2×2 作:西田三郎


■イン・ア・ガダ・ダ・ビダ



 カーステレオは今時カセットテープをねじ込むタイプの珍しいもので、そこから流れてくる音楽も奇妙だった。延々と続く安物臭い電子オルガンの音、激しいドラム。運転席の男と、助手席に座っているその妻(のような女)は楽しそうに曲にあわせて歌っている。
 「アイアン・バタフライや。ええ曲やろ。多分、自分らのお父さんお母さんも知らん世代なんやろうなあ」
 運転席の男が後部座席に振り向いて言った。助手席の妻も後部座席を覗き込む。夫婦揃って歯を見せて笑った。驚いたことに、二人とも前歯が欠けていた
 直紀は二人に向かって曖昧な笑みを浮かべると、隣の千春の様子を見た。
 千晴は直紀をにらみ付けている。口の端にできたすり傷が痛々しかった。
 あまりにも鋭い目線に、思わず直紀は目を逸らせた。
 ふとバックミラーに映っている自分の顔を見た。千晴と同じところに、が出来ている。全身がずきずき痛んだ。しかし、そんな傷みを気にしていられないくらい、自分が異様な状況に置かれていることを、直紀は肌で感じていた。
 
 前に座っている夫婦は明らかに変だ
 直紀も千春も、その夫婦が何者なのかは知らない。
 第一、二人が本当に夫婦なのかどうかさえ判らない。
 この車も、同じく変だ。
 業務用車両としてよく見かける軽のワンボックスの外装に、極彩色の花や虹が、異常に趣味の悪いレイアウトでペイントしてある。車自体はそうした奇妙なペイントで誤魔化しているが、かなり年期の入った代物らしい。車内も負けず劣らず異様だ。天井から、安物のビーズで出来た奇妙なモールがたくさんぶら下がっている。床にはビールの缶煙草の空き箱などが散乱しており、車内は濃厚な畳の匂いがした。そして大音声で鳴り響く、「アイアン・バタフライ」。
 おかしい。あまりにも変だ。
 そして一番変なのは、自分たちだ。
 先ほど会ったばかりの、その奇妙な夫婦の、奇妙この上ない車に自分から乗っているのだから。
 この車は一体どこに向かっているのだろうか?
 一体、自分たちはこれからどうなるのだろうか?
 千春を見た。一瞬目があったが、いきなり視線を逸らされた。傷の出来た唇の下を噛み、じっと前を見ている。怒っているのは明らかだった。あたかもこんな変な車に乗る羽目になったのは、直紀のせいだと糾弾しているようだった。冗談じゃない、と直紀は思った。さきにこの車に乗り込んだのは千晴のほうだ。だいたい、こんな事になったのは千春の所為なんじゃないのか?
 いまさら考えてもどうしようもない話だったが。
 「そういうたら自分ら、いくつ?」運転しながら、男が聞いた。薄汚れた長髪に白髪が交じり、いかにも不潔そうな感じだった。臙脂色のバンダナも垢じみている。よれよれの長袖のTシャツに、七色の刺繍の入ったベスト。履いているジーンズはボロ布のように継ぎ接ぎだらけだった。
 「その制服、駅の向こうの中学のやつやろ」女の方が言った。女の髪も男と同じく、白髪混じりで延び放題。男以上に傷みが目立つ髪だった。女の服も異様だった。マタニティ・ドレスのようなワンピース。襟首にはレースが付いており、全体にこの車と同じような花模様がついていた。「君ら、1年?2年?」
 女が身を乗り出して真後ろにいる千春に聞いた。千春は思わず顔を背けた。直紀のところまで臭ってくるくらい、女の息は臭かった
 「…こんど、3年になります」直紀が代わって答えた。
 「っちゅうことは、今2年か。…ヒャッヒャッヒャッ、えらいこっちゃな。。…ヒャッヒャッヒャッ」男が大声で笑った。女も笑った。二人とも、同じ笑い方だった。金属的で気に障る笑い声だ。「ほんまに、世の中乱れとるで。中坊ふたりが、制服であんなことしてるんやからな…ヒャッヒャッヒャッ」
 「…」千春は下を向いて黙ってしまった。
 直紀は愛想笑いをした。直紀は恐怖心の方が強かったが、千春は怒りのほうが強いようだった。
 やはりこの車を降りた方がいいのだろうか?
 しかし車はどんど街を離れてゆく。直紀は窓の外を見た。ここはどこだ?見たこともない郊外の風景が流れている。こんな近くに畑なんかあったっけ?家も人もまばらで、行く手には青々とした山が見えた。なにか非常にヤバいことが待っていそうな気がする。
 なんとなく、脳裏に両親の顔が浮かんだ。
 千春を見た。相変わらず直紀とは目を合わせず、怒った様子で窓の外を眺めている。
 「それにしても、あれやね。自分ら、どっちが男の子か女の子かわからへんねえ」男の方が言った。
 「え…」直紀は自動的に答えた。「…そうですかね」
 「なんか、彼女の方は男の子っぽいし、あんたはなんか、女の子みたいやし」
 「…」こんな状況下でありながら、さすがに直紀は少しムッとした。それはいつも直紀が気にしていることだった。また、千春の方を見た。直紀より、さらに怒っているようだ。恐らく千春も直紀とと同じ思いなのだろう。
 そう。そういえば全ての原因はそこにあるのだ。
 
 千春とは1年のときから同じクラスだった。つき合いはじめたのは2ヶ月前。
 それまで直紀は、同じクラスに居ながら千春のことをあまり意識することはなかった。千春はクラスでも目立たない存在だった。
 長身で痩せた躰。直紀よりも短く切った髪。
 制服を着ていないと、とても女子には見えない。よく言えば中性的で凛々しいが、正直言って言えば女性的な色気は全く感じられない。男子の友人は言うまでもなく、女子の友人も1人もいなかった。いつも俯いて、人の輪に自分から入っていくようなこともなく、昼休みもひとりでパンを食べているような、どのクラスにも1人は居る“外れ者”。それが千春の印象である。
 
 直紀の方もまた、それほどクラスに溶け込んでいる存在ではなかった。
 やせっぽちで、背の低い(事実、直紀は千春より5センチほど背が低い)直紀は、その女性的なルックスも災いして、いつも男子からは「オカマ野郎」とからかわれ、女子からはまったく男性として意識されない存在だった。
 千春ほどではないが、友達と言えるような存在はほとんど居ない。
 
 二人とも、そのあまりにも控えめな自己主張が災いして、クラスの誰もが嫌がる仕事を押しつけられた。学校の敷地内で飼っている6匹のウサギの世話である。
 そんなアホらしい仕事を中学にもなってやりたがる奴は居ない。
 そんなわけで直紀と千春は毎日毎日、校舎の裏にあるウサギ小屋を掃除し、餌を取り替えていた。ウサギという動物は全く人になつかないことで知られているが、はじめのうちは直紀と千春も全く馴染めなかった。全くなつかない6匹の生き物を、全くなじまない男女が、一言も口を効かず世話をする日々が続いた。
 
 ウサギ小屋の掃除は登校時と下校時の一日2回。
 直紀にとっては学校生活の全てが苦痛に過ぎなかったが、この愛想の悪い女生徒と二人っきりで汚れ仕事をさせられるこの時間かそが、もっとも屈辱的でやりきれない時間となっていた。
 しかし、ある日、そんな屈辱感などはどうでも良くなるくらい、決定的な屈辱が直紀を襲った。

 


 
 

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