童貞スーサイズ
第三章 「(ディス・イズ・ノット・ア)ラヴ・ソング」
■第28話 ■ リターン・トゥ・ザ・ニルヴァーナ
大型テレビの前には早くも人だかりが出来ていた。<第四章へ続く>
「ど、どうしたの?」芳雄のただならぬ様子に、太田が心配そうに顔を覗き込む。
「………」
一体、何と説明すればいいのだろうか?
芳雄は答えることができないまま、自動的にポケットからオレンジ色の携帯を取り出していた。
電源を切っておくことで、今晩ばかりはドウ子と、クラブ・ニルヴァーナと、女装と違法薬物と破廉恥プレイの世界から縁を絶ったつもりでたいた。
何とまあ、自分は甘かったのだろう?
携帯の電源を入れる……途端に、携帯が“アイ・ウォナ・ビー・ユア・ドッグ”の着メロを奏で始めた。
“NIRVANA”発信の着信履歴は、何と25件にも登っている。
「な、な、な、なんなの?」
太田が芳雄の肩を握る。
「い、いまは……ちゃんと……説明できない」
正直にそう言うしかなかった。
電話に出る。
「もしもーし! ……あ、出た」ドウ子がいきなり電話口で怒鳴る。「てめー、なに電話切ってんだよバーカ!」
「えっ?何?………女?……女からなの?」と、太田が割って入る。
「……あ、何よ、今あんたのそばに女居たりするわけ? え? マジ?」とドウ子
「……ちょっとだけ、ちょっとだけ黙ってて」芳雄は電話の通話口を抑えて太田に言った「……いや、そんな事はどうでもいいけど、何だよ、銃乱射って……一体何なんだよ?」
「ど、ど……どうでもいいってどういう事よ!」
太田が声を荒げる。
「ジャマした? あたしジャマした?……あっはっは、あんたがデートねえ。フツウの女の子と?……いや、あっはっは、マジうける!」ドウ子がさも可笑しそうにケラケラ笑う。「いやー……結構なご身分だこと。変態女装少年のクセに」
「じょ……女装? 変態?」太田は芳雄の手の電話にぴったりと耳をくっつけていた。「何なのそれ? ……ええ? 一体どうなってんの?」
「……頼むからちょっと黙ってててくれ!」
芳雄は思わず太田に対して声を荒げていた。
「……ひっ」太田が飛び退き、青くなる。「……ひどい……」
「芳雄くん、ひどーい」
電話口でドウ子が呼吸困難を起こしそうなほど笑い転げている。
「ふざけるなよ……一体これは何なんだよ。15人も人が死んだんだぞ?……一体、何がどうなってんだよ」
「15人も死んでないよ。死んだのは今んとこ8人でしょ。で、あと重傷者が7人だっけ……今んとこまだ死んでないよ。縁起でもない」そう言うとまたドウ子がケラケラ笑う。またわけのわからない薬でも服用しているのだろうか。「あたしもニュースで観てるだけだからよく知んないの」
「樋口に……樋口に、あんなことをやらせたのはお前らか?」
「……“お前ら”あ?」ドウ子が鼻で笑いながら言う「ちがうでしょ、“僕ら”じゃない?」
「そ……そんな」芳雄の喉はすでにからからに乾いていた。「ふ、ふざけるな!」
「……えー、まだあんた、当事者じゃないつもりなんだー……やーね…ほんっと甘ちゃんなんだから」
ぐるぐると視界が回り始める。
ちらりと太田を見ると……彼女は芳雄から3歩退いた地点で、真っ青になって震えていた。
「わかんないかなあ……樋口もあんたも、あたしも大西さんも大柳さんも、みんな“僕ら”なんだよ。それに、あんたのお父さんや、この前の『先生方』も。ほかにも沢山居るんだよ。ずっとずっと沢山の人が。それがみんな、“僕ら”なの。あんたはその、“僕ら”の一部なの」
「……そ、そんな……」
「あ、今あんたと一緒にいる、その彼女も仲間になってもらおうか? ウチは来る者は拒まず、だから。でも、去る者は追うよ。地獄の果てまで」
再び太田を見た……今にも泣きだしそうな顔だ。
芳雄はここにきて、生まれて初めて心の芯まで凍てつくような寒気を感じた。
とにかく自分は今、河岸に立っている……片方の岸にはドウ子が立っており、そちらからはドウ子が呼んでいる。
こちらこそがお前の住む世界で、お前はこちらに戻るべきなんだと手招きしている。
背後には太田が居る。出来ればドウ子の声など無視して、太田と共にこの場を逃げ出してしまいたい気持ちはやまやまだった。
しかし、そんな事をしたところで何になるだろう? ドウ子は平気で河を越えて芳雄をつかまえ、もとの世界へ……クラブ・ニルヴァーナと、女装と違法薬物と破廉恥プレイの世界へ芳雄を連れ去ってしまうだろう。芳雄だけならまだしも、太田までも。
ドウ子ならやるだろう。ドウ子については何も知らないに等しいが……彼女が平気でそういうことができる人間であることくらいは充分判っている。
「……どう、夕べあたしとされたみたいにさ、大勢のスケベなおっさんの前で、その子とバイブで繋がれたりするわけ。あ、聞こえる? 芳雄くんの彼女? ……もしもーし? 聞こえますかあああ? あ・た・し・と・よ・し・お・く・ん・は・ゆ・う・べ・バ・イ・ブ・で・つ・な・が・れ・ま・し・たあーーー!!!」
ドウ子が受話器の向こうでドウ子が声を張り上げる。太田に届くには充分過ぎるほど大きな声で。
「バ……バ……バ……」太田の目から、涙が一滴こぼれる「……バイブ?」
「き、こ、え、るぅぅーーーー?? とおーーーーーーーーっ・て・も・き・も・ち・よ・か・た・でぇーーーーーっす!!!」
太田が両手で顔を覆い、肩を震わせ……本格的に泣き始める。
「もう充分だよ……」
芳雄は力無くドウ子に告げた。
「あーはっはっはっは!!!」ドウ子が豪快に笑う。「……あー、スッキリした。あ、どう? 彼女、怒ってる? 怒ってる?…………ひーっひっひっひ」
「…………」
もはや何の言葉も出てこない。
「ところでさ、今夜、面白い見せ物があんのよ。良かったら来ない? ……ってか、来いよ、絶対。来なかったらどうなるかわかってるよね?」
「これ以上、どうなるんだよ……」
泣きたいのは芳雄も同じだった。
「あ、そういう事言うわけ?」と、ドウ子がここで声を潜める「いいよ、じゃ、教えたげる。あんたが今夜来なかったら、今あんたと一緒に居るその子に、良くないことが起こる。……どう? コレ? けっこうグッとくるでしょ?」
「よ……」思わず唾を飲み込む「……よくない事?」
「今日の事件でわかったと思ったけどさ、ウチ結構、荒っぽいこともやるんだよ。そういうこと専用ののスタッフもたくさん居るの。で、その連中を使ってえ………明日か明後日か明々後日かの放課後、あんたとその彼女がお手々繋いで下校してるところをいきなり襲うわけ。で、二人して袋かなんかに詰め込んで、ワゴンで連れ去っちゃうの〜」
「………」
本当にドウ子は楽しそうだった。
「……それからどうしよっかなー……ああ、考えてると楽しくなってきちゃった。ねえ、どんなのがいい? ……あんたの目の前で、彼女ヤッちゃう? ……ちょっと頭のおかしい、乱暴な奴ら使っ てさ。……それとも、彼女とあんた、両方にたっぷりグリセリン浣腸液注入して、ガマン比べさせるとか? ……あ、それともあんたにまた女装させて、彼女に ペニバンつけさせてあんたのお尻を犯させようか? ……あっはっは、ソレ、最高。あたし、こんなんだったらいくらでも考えられるわ。で、トーゼンその模様 をデジカメで動画撮影して、即世界発信ね………こんなんでどう?」
「おまえは最低だ。人間のクズだ」絞り出すように、そう呟く。
「あんたも、“自分の画像バラ巻かれるぞ”って脅されるのにも飽きたでしょう?」ドウ子はそう言ってまた声のトーンを落とす「……いやあ、守るものが出来ると人間って弱いねえ……」
“守るもの”……?はっきり言って太田が自分にとって、そこまでの存在であるかどうかは疑問だ。
しかし、ドウ子がやると言っている以上、ドウ子はやるだろう。それは疑いようがない。
そして考えるまでもないことだが……こんなことに太田を巻き込んだりしてはいけない。
「……わかった、わかったから行くよ。どこに行けばいい?」
「昨日のホテル。同じ部屋で待ってるよ。……1時間で来れる? これからおもしろい余興がはじまるから……今日の主役はあんたじゃないから安心して。あんたの知ってる人が来てるから」
「知ってる人?……だ、誰?」
「来りゃわかるよ。じゃね」
電話は一方的に切れた。
芳雄も電話を切り、携帯をポケットに戻した。
太田はまだ泣いている。何と声を掛けたらいいのだろう……?
芳雄が言葉に詰まっていると、太田が泣きはらした目を上げた。
「……なんなの?」太田が掠れ声で呟く。「いったい、何なのよ?」
「説明できない……今は」説明できる日が来るのだろうか? 「とにかく、今日は行かなきゃならないとこができたんで……悪いけど一人で帰ってくれる?」
「……勝手にすれば」太田は派手に鼻水を啜ると、こう付け加えた「……死んじまえ」
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