童貞スーサイズ
第一章 「ザ・ガール・ウィズ・ノー・ネーム」
■第8話 ■ ハングリー・スパイダー
「勃っだ……勃っだ」 男は芳雄の口から手を離すと、内ポケットから何かを包んだ厚紙を取り出す。「勃っだ……勃っだよ……勃っだよおお……」
男が包みを開くと、その中には白い粉が入っていた。
芳雄は声もなかった……賭けてもいいが、小麦粉や粉砂糖ではなさそうだ。
男はその粉を人差指で掬い取ると、すかさず鼻から吸引した。
「おおうっ!……かああっ……」男が陶酔の表情を浮かべ、指にこびりついた粉をさらに歯茎に刷り込む「ふ、ふうっ……た、勃っだ……」
とんでもない夜である。目の前で、危険人物が、違法な『何か』を摂取して陶酔している。
ますます明日の朝日を拝める確率が低くなったような気がしたが……それにしても男の股間はおぞましいほど隆起していた。
マリアが言うには、ヤクザの陰茎には確か……し、真珠が……。
「ほら、おめも……吸え」男がひとすくい分、粉を指につけて、芳雄の鼻先に突き出す。「……遠慮、ずな」
芳雄はぶんぶんと首を左右に振った。
冗談じゃないです、勘弁してください……口に出す勇気はなかったので、態度でそれを示す。
「吸えよ……吸えったら、吸え。わがんねが??」
ドスの効いた声を男が出す。
震え上がった芳雄は仕方なく、男がしていたように右の鼻の穴を自分で塞ぎ、男の指に左の鼻の穴を吸い付けて……一気にそれを吸引した。
ぶちん、と頭の奧で何かがはじけて、目の前が真っ白になる。
気が付くと芳雄はトイレの個室の壁に頭をぶつけていた。衝撃は感じたが、痛くはなかった。
薄暗いトイレの個室が、不意にひとまわり明るくなったように思えた。
「……あ……」目を見開き、生まれて初めての感覚に戸惑っている芳雄の唇に、男が粉のついた指を突っ込んできた。「……んぐっ……」
「もっだいねから、ちゃんと舐めろ」男の指が口内の粘膜に残りの粉を塗りたくる。「……おめ、ほんど、可愛いわ。男(おどこ)にしとくの、もったいねわ」
「……うっ……」
男が指を芳雄の唇から引き抜いたので、こぼれた唾液がつう、と糸を引いた。
「何で、オラ尾けでた?」男が聞く。「……おめ、何もんだ?」
「……ホ、ホテルにさ……」
芳雄は自分の声が半ば笑っているのを聞いた。恐怖感がきれいに消えていた。
頭の中が5月の空のように晴れ渡っているようだ。不安もなく、葛藤もなかった。
「ホテル? ホテルがどした?」
「……さっき、あんたとホテルに居た子………あんた、あの子と……何してたの?」
「……何だ?」男は目をひん剥いて言った。「おめ、あの子の何だ?」
「……何って……」
そう言えば、自分はあの子の何なんだろう?
「……何すてたかってか?」男は言った。「死んでみてただよ。ちょっとな」
「死んで……みてた……?」芳雄の頭はどこまでもクリアで、恐ろしい速度で回転し……その言葉の意味を瞬時に100通りくらい弾き出したが……やはりわけがわからない。「……どういう事?」
「ま、そなことはどでもええ」
男はズボンのジッパーを開けて、ぬっ、と自らの肉茎を取り出した。
それはグロテスクなまでに硬直し、先端は濡れてテカテカ光っている。
真珠はどこだろう……? 芳雄の頭は、そんなどうでもいいことを考えはじめた。上から見る限りは、真珠らしいものは見あたらないが……。
「見ろ」男が芳雄の手を取って、それを握らせた。「おめのおかげだ。見ろ、こんなになっとるど」
「……あっ……」芳雄の鋭敏になった感覚は、その硬さと、熱さと、脈を、五倍増しくらいの情報として脳に伝えた。「……なんだか……すごい」
「……固てだろ? すげだろ……? ……おめのおかげだ。おめの、怯えた顔がさ、おらこんなにしただ。いや、凄えわ。こんななったの、2年振りだわ」
男が自分の剛直を握らせていた芳雄の手を両手で包み込む。そして、前後に扱かせ始めた。
男は隈の浮いた目を閉じて、全身でその感覚を味わっているようだった。
「ああ、すゲ。すゲ。すゲ、いいわ」
真珠はないな……芳雄は思った。いや、そんなこと考えてる場合じゃない。わずかに残ったまともな感覚が、頭の隅から呼びかけてくる。
今、お前がさせられていることは……なんだ。
ただ事じゃないぞ。しっかりするんだ。
理性はそう叫ぶが、その叫びはあまり芳雄自身に届いてこない。
男に壁に押しつけられ、首筋に吸い付かれた。
「えっ……」何なんだ。なんでこうなるの。しかし不快感よりも、くすぐったさが芳雄の身体を跳ねさせた。「……ちょっと……あの……ええっ」
Tシャツを胸の上までまくり上げられる。薄い胸板と、その上にある両の乳首がむき出しになる。
何故だかしらないが、芳雄は陰茎を握らされていない左手で反射的に男の目から乳首を隠してしまった。
しかしその手首も男の手によって頭の上に押しつけられ、もう片方の手首も同様にされる。
万歳の格好に戒めた芳雄を男は満足そうに見る……そして何と、乳首に吸い付いてきた。
「えええっ………??」ハイになっているとは言え、さすがに驚いた。「そんな……あっ」
自分がやけに色っぽい、か細い声を上げたのを、芳雄ははっきりと自分の耳で聞いた。
しかも男の手は芳雄のジーンズに伸び、前ボタンを外そうとしていた。
これは……その、つまり、犯されそうになっているということか。
芳雄は何とか男の攻撃から逃れようとした。
が、吸われ、舐められ、甘噛みされている乳首と、今やジッパーを下ろされたジーンズ、どっちを防げばいいものかわからない。
さらに、相変わらず頭の上で両手を押さえられているので、できることは身をくねらせることくらいだ。
その様子が、男の欲情をさらに煽っていることは……芳雄にもなんとなく理解できた。
と、男の手が、全開にになったジーンズの前から入ってきた。
ボクサーショーツの上から、くすぐるような男の指の感覚が伝わってくる。
「勃っとる……おめも勃っとるど。スげ……」男に言われた。「おめ、もう、カチカチでねが」
「ええっ??」
言われてはじめて気がついた。確かに勃起していた。
しかしなぜ??
驚いていた隙に、ボクサーショーツとジーンズを下ろされる。
そのまま男は、ぺっと自分の掌に唾を吐くと、芳雄の上を向いて硬直している陰茎を握った。
全神経がその部分に集中し、爆発した。
もう一段階、個室の中が明るくなったような気がした。
「あんっ……」
さらに、いやらしい声を出してしまった。
「ほれ、ほれ」男が耳元で囁きながら、唾で滑った手で芳雄の陰茎を扱きはじめる。「どだ? 気持ちえが?……クスリさ吸うと、あれだろ? 身体ぢゅうの感覚が、鋭くならねが?」
ねちゃねちゃ、くちゃくちゃと……男の唾で湿った手が自分のペニスを刺激する。
その音が、トイレの個室の中に、耳をつんざくようなボリュームで響き渡る。
「うくっ……」思わずもっといやらしい喘ぎ声を出しそうになって、芳雄は唇を噛んで堪えた。「……んんっ」
そうか、なるほど。これもクスリの効果か。
それでこんなにも素直に気持ちいいわけか。芳雄の醒めた頭が、はっきりとそれを悟った。
男の掌が一往復するたびに、耳元で寺の鐘を鳴らされたような戦慄と快感が芳雄の全身を駆けめぐる。
正直な話、気持ちがいい。信じられないほど気持ちがいい。
先日、しらふの時にマリアにされたときよりも、遙かに気持ちがいい。
おかしくなってしまいそうなほど気持ちがいい。
「だめ……」男に、とういうより、ますます亢まっていく自らの身体に言い聞かせるように、芳雄は言った。「だ、だめ……やっぱり、だめだって……」
「いまさら、何言うだか?」
男はそう言うと、芳雄の身体をくるりと回転させた。
「あっ……」
個室の汚いタイルに、頬を押しつけられる。
「けづ、突き出せ」
男はどうしようもなく亢奮しているようだった。
芳雄は背中を上から押さえつけられ、尻を持ち上げられた。
踝にひっ掛かっていたジーンズも下着ごと踏み下ろされる……これは、まずい。ものすごく、まずい。
いかにハイになったふつうではない状態であるとはいえ、これではあんまりだ。
「ちょっと……あ、ダメだって、ほんとに」芳雄は肩ごしに男を振り返って言った。「……あっ…くっ」
肛門を濡れた指で押さえられ、前に回ってきた男の手がまた芳雄の性器を握った。
「……痛での、はじめだけだから。すぐ、気持ちよぐしてやっがら」
「……絶対ムリ……そんなのムリだって……そんな……あっ」
指で肛門をくすぐられ、性器を擦られていくうち、ますます芳雄の身体は勝手に昂っていく。
脳裏には、さきほど人混みに消えていった、あの少女の微笑みが浮かんだ。
マリアの顔も浮かんだ。父と、ビデオの中の少女の顔が浮かんだ。
で、どうなるのだ。このまま、尻を犯されるのだろうか。
その場合、ぼくは童貞ではなくなるのか……? なにを余計なことを考えているのだろう。
ちょん、と固いものが肛門にあてがわれた。
「あっ……」芳雄は半ば運命を受け入れる心持ちでいた。
……しかし、それは入ってこなかった。
「あれ…あれ……おがしい……すなこと……おい……あれ……なんでこうなるの?」
何度も肛門の入り口に先端を押しつけられるたびに、もはやこれまで、と観念した芳雄だったが、男の性器は滑り、入ってこない。
男の動揺を感じる。
何回も、何回も、男は挿入を試みた……しかしその動きはだんだんと散漫になり……やがて途絶えた。
固く目を閉じ、唇を噛みしめ、全身を緊張させていた芳雄だったが……急に静かになった背後の男と、自分の陰茎からも、肛門からも男の手が離れていったことから……危機が回避されたことを知った。
背後で、男が鼻をすする音が聞こえる……なんだ? なんなんだこの男は。
芳雄が注意深く、肩ごしに男を省みると……男は両手で顔を覆って泣いていた。
股間に目をやると……ぐにゃりと垂れ下がったあの性器が、生気なく垂れ下がっている。
「……なあ、おい。オラ、もうダミだ……」男は言った。「……な、おめ、思わねが? ……チンコの勃たないヒモなんて………笑っちまうべか? 笑っちまうわな………オラ、もうダミだ……ろくなシノギもね、頭も悪りい、チンコは勃だね……そんなヒモなんて、笑っつまうだな?」
何と声を掛けていいものかわからなかった。
しかし芳雄にも、男が死にたがっている理由がなんとなく理解できたような気がした。
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