無き世界に In a World Without Love
〜中国自動車道中1少女手錠放置死事件〜

第二章「手
の男」

妄想:西田三郎

■2004/12/29 (水) 第二章 〜手錠の男〜 33 

「ボロボロのグダグダ」

※この物語は、実話をもとにしたフィクションです。9割2分くらいまでが妄想です。

 ククケンは1998年5月20日から1999年3月3日まで休職を続け、そのまま同年4月、同町のカズミ第一中学校へ転任となりました。まあ、環境を換えれば少しはマシになるだろう、という上の判断もあったかも知れません。

 はじめは初心に帰り、教師人生の再スタートを、とやる気を見せたククケン。
近所の皆さんには「ここの子どもたちはみんな素直でいいですね」などと漏らすくらい、彼の性根も叩き直ったかに見えましたが、そのための反省を全くしていなかった彼はまたしても同じループに填ります。

 「無反省」というところがククケンの最大の問題点であったと思われます。だいたい、

 「おれは前の学校では生徒とつき合ってたんやぞ

 と、授業中に生徒達へ自慢げに語ったというのですから開いた口が塞がりません。生徒もやはりドン引きしました。「あいつはロリコンや」という噂は新しい学校でも瞬く間に広まり、男子生徒からは「お前、援交しとんやてな」とタメ口でからかわれるは、女生徒からは「目つきがヤラしいわ」と陰口を叩かれるわと、元の黙阿弥です。
 
 あっという間に正体を見抜かれたククケンは、あたかも“キモい教師”という生徒たちの評価に応えるように、
みるみる服装がだらしなく、髪の毛もボサボサになった」(生徒14歳)と判りやすく堕落していきます。
 
 ククケンはこの中学では陸上部の顧問でしたが、転んだ女生徒の泥を払うフリをして、おけつをなでなでしたり、「早くせえよゴルァ」と言いながら女子更衣室に踏み込んだり、教育相談の際に女生徒の躰を、とりわけ胸嘗め回すように見たり、ラジオ体操に勤しむ女子の背後にぴったりとくっつき、て女子の手首を握って体操させたりともうボロボロのグダグダでした。

<つづく>


■2004/12/30 (木) 第二章 〜手錠の男〜 34 

「子どもは判ってくれない」

※この物語は、実話をもとにしたフィクションです。9割2分くらいまでが妄想です。

 “キモい”という生徒達の評価に応えるように、単なるキモい教師に落ちぶれていったククケンでしたが、そんな彼は生徒達にとって格好のなぶり者となりました。

 こうなると泥仕合です。

 ある生徒は面と向かって「何偉そうに言うとんねん。ロリコンの援交野郎のくせに」とククケンに言いましたし、ある生徒はククケンが秘かに所持していた、教師のセクハラ問題を特集した新聞記事を拝借し、“セクハラ教師”という部分を赤丸で囲って掲示板に張り出しました、
 
 そして決定打となる事件が起きました。

 ある日、やる気も熱意も生徒に好かれようという努力もすべてを放棄したグダグダのククケンが、授業のためにある教室の教壇についたところ、教卓に「セクハラ教師・ククケン」と彫刻刀で彫り込まれた文字があり、さらにその彫り込みが赤いペンキで着色されているではあーりませんか

 ククケンはまるで凍りついたように凝固し、見るだに相当なショックを受けていた様子だった、とはその当時クラスに居た生徒の証言。これには「さすがにやりすぎ?」と生徒も思ったでしょうが、ククケンは怒りも見せず、呆然としているだけでした。
 
 果たして、この生徒たちは邪悪でしょうか?
 いえいえとんでもない。どこの中学にもいるフツウの子供達です。
 
 自分が十代前半だった頃のことを思い出してみてください。
 
 大人は自分より賢くて、偉くて、正しいことが出来て当然だ、と考えていたはずです。

 人によって個人差はあるでしょうが、やがて十代も後半に入ると、大人たちも自分たちと同じく、馬鹿で、軽くて、間違ったことばかりして、同じように悩んでいるんだ、ということに気付くのです。大人のみんなが成熟して賢いのは当然、と考えている子どもたちは、そうではない大人を徹底的に軽蔑し、嫌悪します。

 ククケンへのいじめは天井知らずにエスカレートし、かくしてククケンは新しい学校においても2001年6月から、またしても休職に突入します。 
 
<次回第二部最終回>




■2004/12/31 (金) 愛無き世界に(第二部) 〜手錠の男〜 34(最終回)

「ボーイズ・キャント・ビー・ア・マン」

 ククケンのその後は、ククケンの犯した二つの犯罪を描く次章(おい、まだ続くのか)に譲りたいと思います。

 九九本健=ククケンは全国に5200人居た(当時)という休職教師のひとり。そして全国に1500万人(推定)ほど居るテレクラ愛好者のひとりであり、4500万人(推定)ほど居るレイプAV愛好者のひとりでもありました。つまり、どこにでも居る平凡な男だったのですね。
 
 ククケンが抱えていた問題は、かなり普遍的です。
 特に他者とのコミュニケーションにおいて、相手をコントロールできないことに悩むというのは、我々も共有できる苦悩。心を病む教師が後を絶たないのは、これが大きく影響しているのでしょう。そういう能力の無さへの劣等感が、ククケンをテレクラなどの一回性の男女関係や、“制服姿の女性を手錠などで拘束して強姦する”類のAVや、教師の立場を利用しての女生徒へのセクハラに向かわせた…というのは、いささか出来過ぎた話で、これはあり得ません。ククケンのテレクラ愛好やレイプAVへの耽溺は、彼の教師人生に暗雲が差し掛かるより以前に始まっていました。
 
 ククケンと我々を隔てているものは何か?
 よくこの手の犯罪が起きた際、“我々の中にもある心の闇”と訳知り顔で解説する識者が居ます。本当にそうでしょうか?
 
 誰も、他人をを思いどおりにコントロールすることはできません

 
ソーカのイケダ先生やトーイツの文鮮明のおとーさまは出来るかも知れませんが、我々凡人にそれは不可能です。しかし、我々はそうした自らの無力さに妥協し、折り合いをつけながら生活しています。そうすることでわたしたちはなんとか社会との関わりを保っているのです。

 そうした妥協と歩み寄りの姿勢を身に付けてはじめて、我々は大人になります

 自分が世界の中心ではないこと(だから愛を叫んでもムダムダ)、わがの人生では主役であるはずの自分が、他人の人生においては脇役であることを知ったときの絶望と痛み、そしてその現実とゆるやかに和合する術を身につけたとき、我々は大人になることができるのです。

 ククケンの不幸は…34歳までにそのことに気付くことができなかったことではないでしょうか。

<第一部完。…第三部「ロスト・ハイウェイ」につづく>

 

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