扇蓮子さんのクリスマス
作:西田三郎
「第9話」■クリスマスの話
「で、これがそのキーホルダー」
そう言って扇さんは、僕に携帯電話を手渡した。
確かにストラップ代わりに、プラスチックの入れ物に包まれたプリクラの写真があった。中には小学生くらいの少女と老人が並んで写っている。
「……………」しばらく僕は何も言えなかった。あまりの話に、酔いも覚めていた。
「……あんた、あたしの話信じてへんやろ」
そういいながら、扇さんは僕の顔を覗き込む。
「……いや、そんな事ないですよ。ちゃんと信じてます」
「まあ、えーけどねー……絶対この話、人にしたらあかんよ」
「……こんな話、誰にできるんですか」僕は言った。しばらくそのキーホルダーを見ていた。
いやあ、まったく……世の中いろんな話があるもんだ。「ところで……そのお爺さんとはそれっきりなんですか?」
「ああ……たぶん、おじいちゃんも目が見えへんことやし、そのキーホルダーが無くなったことにも気づいてないとは思たんやけど……やっぱりこれも、立派な窃盗やんなあ?」
「…………」僕は否定も肯定もしなかった。
「……そやから、何か後味悪うてなあ……会社に行くときはあのマンションの前通らように、道変えて出勤するようにしてん。しばらくは、気になったけど、人間ってえらいもんやなあ……いつの間にか、忘れてたわ」
「はあ……」
「でも年が明けて、春になった頃かなあ……なんとなく、ほんまなんとなくやけど、あのマンションに行ったんよ。もしおじいちゃんがおったら、そのキーホルダー返そう、思て。でも……」
「もう、居なかった?」
「うん、部屋も空き部屋になってたわ」
扇さんはタバコの箱に手を伸ばしたが、それが空であることに気づき、僕に手を差し伸べた。「一本ちょうだい」
僕は自分のタバコを一本差出し、彼女が口に挟んだそれに火を点けた。「死んだんでしょうね」僕は言った。
「さあ……たぶん、そうやろね」
「でも……」もう話をまとめる時間だった。「扇さんはいいことをしましたよ。そのお爺さんに」
「何で?……そのキーホルダーの分、ええことしてあげたから?」そう言って扇さんは少し悲しそうに笑った。「……やっすいハナシやなあ………それも」僕と扇さんはそれから20分ほどして店を出て、おやすみを言って別れた。
以上が、扇蓮子さんのクリスマスの物語である。
とりあえず僕は今、扇さんがこのサイトを何かの間違いで見つけてしまわないか、それだけを心配している。(了)(2004.12.17)
感想などありましたらお気軽にどうぞ。読んで本気汁出します(笑)
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