童貞スーサイズ
第三章 「(ディス・イズ・ノット・ア)ラヴ・ソング」
■第22話 ■ スローリー、ソー・スローリー
夜になるまで芳雄は黙って本を読み続けているドウ子の正面に座って待った。
新聞を読んでいる大柳が、時折大きな欠伸をする。
セーラー服姿のまま無言で放置されるのは苦痛だった。
事実そうしていたのは1時間くらいだったが……まるで芳雄には何時間にも感じられた。
やがて、部屋にあのトンボメガネの中年女……大西が入ってきた。
「ああ、ドウ子ちゃん、芳雄……じゃなくて芳子ちゃん。そろそろ先生方、来られるから別室でスタンバイしといて」
あの壊れたブリキの玩具のような笑い声を上げる大西。大柳もへへへ、と笑い、ドウ子は本から顔を上げずに口の端を微かに歪ませた。
「……先生方?」
芳雄が思わず漏らした言葉を無視して、大柳がトランクを開けた。
そして薄いブルーの錠剤が12個入ったシートを2つずつ、ドウ子と芳雄に手渡す。
ドウ子は本から顔を上げ、しおりを挟んだ。本のタイトルが見える……宮崎学の「突破者」。
そしてめんどくさそうに立ち上がると、芳雄に声を掛ける。
「ほら、行くよ」まるで犬を散歩に連れ出すような声のかけ方だ。
芳雄は大人しくドウ子に続いて、ベッドルームに入った。
部屋は15畳くらいの広さで、ツインベッド。窓にはカーテンが掛けられていて、部屋の中は薄暗かった。
ドウ子は部屋に据え付けられている冷蔵庫から、 スパークリングワインか、もしくは本物のシャンパンか何かのフルボトルを取り出す。
ドウ子はポケットから紺のビロードの布切れを取り出すと、ボトルの先をそれで覆い、ポン、という小さな音と共に栓を抜いた。
芳雄がベッドの前で立ちつくしいると、ドウ子はシャンパンを手にしたまま、芳雄の前のベッドにふわりと腰掛けた。
そして白く長い脚を伸ばして……ぐい、と芳雄の腰を挟み、引き寄せる。
「あっ……」
あまりに意外なドウ子の行動に、芳雄は動揺を露わにした。
ドウ子はまたあの底意地の悪い笑みを浮かべながら、シートから2、3錠の青い錠剤を押しだし、それをボトルのらっぱ飲みで流し込んだ。
「あんたも飲みなよ」
そう言ってドウ子はボトルを芳雄に突き出す。
それと一緒に、ビロードの細い布切れが芳雄に手渡された。
「これは……?」
芳雄は布切れを手にドウ子に聞いた。
「目かくし」ドウ子は事もなしに答える。「それは、あんたの。あたしのはこれ。」
まるで手品師のように、ドウ子はポケットから同じようなビロードの布切れを出した。
新たに出てきた布切れは臙脂色だ。
「……目かくしって……何で?」
「いいから飲みなって」
ドウ子がさらに芳雄の腰をぎゅう、と細い腿で締め付ける。
芳雄はシートから4錠ほど錠剤を出すと、ドウ子と同じようにラッパ飲みで発泡性のワインを煽った。
そんなものを飲むのは生まれてはじめてだったが、高級なものであることは芳雄にも判った。
香りだけでゆるい陶酔を感じることができる……口内から食道に流れ込む心地に全く違和感はなかった。
ドウ子は芳雄の腰に絡めていた脚を解くと、ゆっくりと上半身を倒し、そのままぺたん、とベッドに仰向けになった。
「あたしの横に寝なよ」
そして自分の傍らのシーツを、ポンポン、と叩く。
芳雄はさらに数錠、錠剤をシャンパンで流し込むと、ドウ子の隣に身を横たえた。
「……恐い?」
ドウ子は芳雄ら瓶を受け取ると、また数錠を流し込む。
「……別に」
芳雄は強がって見せながら、ドウ子の髪の香りを嗅ぐ、という離れ業をやってのけた。
酒と謎の錠剤の効果が早くも現れてきたのか……目を閉じるとキングサイズの花束の横にでも寝ているかのような気分がする。
ほんの少し前、太田の香り を嗅いだ。
そして今は、ドウ子の香りを嗅いでいる。
芳雄はうっとりした気分で、ドウ子からまた瓶を受け取って新たな錠剤を流し込んだ。
「ねえ、あんた、好きな子とか居るの?」
突然、ドウ子が耳元で囁く。
「……え?」芳雄は横目でドウ子を見た。早くも視界が歪みはじめている「……何で?」
「べつに。ちょっと興味があるから聞いてんの……悪い?」
「……うーん……」早くも天井が回り始めた。「……いないよ、今は」
太田の顔が頭に浮かんだ。が、正直言って彼女のことが好きかといえば、別にそうでもない。
昨日までは意識の枠にすら入っていなかった女だ。
「ふーん……あんた、カワイイから、学校とかでもけっこうもてるんじゃない?」ドウ子はそう言うとガリガリとかみ砕いた錠剤をシャンパンで流し込み、げっぷをした。「あ、ごめん」
「……もてないよ」
「あーあ……あんたに好きな子がいたら、もっと面白いのにな」
「え? ……面白い?」
「うん、……ちゃんと、ふつうに、好きな女の子がいるあんたに、女の子の恰好させて、弄ぶの……そのほうが、きっと楽しいよ、あたしは。あんたはその……カイ……ラクに溺れながら……その好きな子への申し訳なさを感じて……もっともっと苦しむの」
「………」
いったいこの女はどこまで腐っているのだろうか、と芳雄は思った。
「ねえ」いきなりドウ子が抱きついてきた「……あたしのおっぱい触ってよ」
芳雄の胸板にドウ子の柔らかい胸が触れ、太股と太股が擦れ合った。
「……いいの?」
「触らないと、あのはずかしーーーい写真、ネットで世界中にバラ撒くよ」
おずおずと……芳雄はドウ子のジャケットの中に手を突っ込み、ブラウスの上から胸に触れた。
太田のものより、微かにはっきりと感じられる膨らみが、そこにあった。
「ん……」
ドウ子が目を閉じ、息を吐いた。
気がつけば、ベッドルームのドアの向こうに、多くの人の気配がした。
ひそひそ話す声やグラスとグラスがぶつかり合う音。薬のシートの弾ける音……。
芳雄がその物音に気を取られてドウ子の胸に置いた手を休めていると、ドウ子は芳雄の後頭部をパシーン! と派手に叩いた。
「なにサボってんのよ」
「……ごめん」
芳雄はまたゆっくりと……ドウ子の胸の感触に集中した。
すべてがゆっくりしていた……高級な酒とこの青い錠剤との相互作用で。
この前、大西に様々な薬を飲まされた時の感覚とは、まるで違っていた。
例 えばドウ子の胸の感触も、それが触れている指先から脳へ、ゆっくりと触感が伝わっていくようだ。
ドウ子も同じように感じているのだろうか? ……芳雄はゆっくり とした思考でそんなことを思った。
なぜだかはわからないが……そう考えると、メリーゴーランドに乗っているような、少し楽しい気分になれる。
「……もっと触ってよ」ドウ子が言う。「シャツの中に手入れてさ……ほら」
ドウ子はさらに錠剤を飲み込みながら、ブラウスの第3ボタンを外し、そこに芳雄の手を導き入れた。
火照り、すこし湿った肌の感触が、またもゆっくり……ゆっくりと芳 雄の脳に伝わっていく。
芳雄はブラジャーの上から、ドウ子の胸をゆっくりと、やさしく撫でた。
実はこれまでの恨みもあり、ちぎれるくらいにこね回してやりたかったが、手に力が入らな い。
そのまま芳雄は左手をドウ子の太股にそっと置いた。
「そうそう、その調子……やるじゃん」
ドウ子が完全に焦点を失った半眼で芳雄を見る。
芳左手をなめらかな太股の肌に滑らせる……ドウ子の太股はとても長く、まるでそれは永遠に続くようだった。
「き、気持ちいい?」
ドウ子の耳を舐めるようにして囁く。
「うんっ……」くすぐったそうに、ドウ子の肩がひくっ、と動いた「……あんたは?」
ドウ子の手が、芳雄の短いスカートの中に伸びてくる。
「……あっ」
脚の付け根に、ドウ子の掌が潜り込む。
そのままドウ子は下着の上から、芳雄の性器を優しく撫でてきた。
その快感もまた……ゆっくり、ゆっくりと脊椎を這い上がり、脳に伝わってくる。
感覚のスピードが緩くなったといっても……感覚自体が鈍くなったわけでは決してない。
むしろ感覚はいつもより強烈で……それがゆっくりと全身を這っていくむず痒さが、芳雄を痺れさせた。
「……もう、こんなになってんじゃん。変態」
ドウ子がスカートの中で、芳雄の固くなった性器を握った。
「き、君だって……」芳雄も負けじとドウ子のスカートの中を探る。ナイロンの下着の表面を探れば……思ったとおりそこには湿った部分があった。「こ、こんなになってるじゃないか……」
「あっ……」
くい、とドウ子が顎を上げ、白い喉を見せる。
そのまま芳雄は指先で何度もその湿った箇所を確かめる……ドウ子はその度に、ぴくっ、ぴくっと肩を震わせた。
何となく、いい気味だった。
「き、気持ち……いいんだろ?」
「な、何よ……今日はちょっと生意気じゃん」ドウ子がさらに芳雄に顔を近づける。「どこで覚えたのよ、こんなの」
「……キスしていい?」
突然、芳雄の口からそんな言葉が漏れた。
自分で言ったことながら、少し信じられない。
酒とクスリのせいにしてしまっていいのだろうか? ……しかし、言ってしまったことは、頭の中で思ったことだ。
口をついて出てしまう言葉は、心の言葉だ。
芳雄はドウ子の瞳を覗いた。
色の薄い、底なし沼のような瞳を。
「あたしのこと、好き?」
ドウ子が芳雄の唇のほんの数ミリ先で囁く。
ほんの一瞬、芳雄は逡巡した。
好きか? …………実際のところ、どうなのだろう?
「えっと……」
考えているうちに、少し時間が過ぎた。
「そんなわけ、ないよね」
そう言うと、ドウ子は芳雄を急に押しのけて、半身を起こした。
ちょうどその瞬間、ドアを開けて大西が入ってきた。
「じゃあそろそろ、先生方こっちにいらっしゃるから、二人とも目かくしして」
ドウ子はふてくされたような表情のまま、臙脂のビロードの布で自分に目かくしをした。
一体何がはじまるんだ……?
思いながらも、芳雄はドウ子に倣い、濃紺のビロードを自分の目に当てた。
何も見えなくなった。
部屋に入ってくる大勢の人間の足音が聞こえた。その足音が、二人のいるベッドを取り囲んでいく。
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